#062 ガンマ①
「改めて、僕はプラスエスに拉致され、人体実験を受け、スキルを拡張された三人の内の一人、ガンマ。
あ、そう呼ばれるのは困るから、桐祐はこれまで通り愛一って呼んでね」
と、愛一が話始めようとしたところで、話の腰を折るのも悪いと思いつつも、気になって落ち着かないので、発言権を求める様に挙手。
「はい! 火室君! なんてね。これ、真白先生の真似。どう?」
「……病院内に誰も居ないんだが、これはお前か?」
「そ。皆そこに居ないと思っているから居ないのさ。でも、死んじゃいない。居ると思えばまた当然の様にそこに居る様になるから、安心してくれよ」
どこかで聞いた様な言い分を述べる愛一に、眉を顰める。
「道道ヶは――」「道道ヶ原から似たような話を聞いた」
「おま――」「お前は第六感症候群について何か知っているのか」
俺が声を発しようとする、それに被せて来る。
鬱陶しいことこの上ない。
眉間の皺を更に深めると、愛一はしてやったりという風に、にっと笑った。
「これが僕のスキル、“精神干渉”。ちゃんと勉強してる桐祐なら分かると思うけれど、精神干渉って普通は単一のスキルを指すんじゃなくて、ジャンル? っていうのかな、そういう大枠の名称だよね。
例えば今僕がやった様な読心、例えば自分の思念を伝えるテレパシー。これらは同じ精神干渉系に分類されるスキルだけど、送受信で全く別のスキルだ」
そこで愛一は一度言葉を切ったかと思うと、シームレスに頭の中に直接声が響いて来た。
(でも、僕はこれをどっちも使える)
(わざわざ実演せんでいい)
腹立たしいのでそのまま心の中で答える。勝手に読み取ってくれ。
すると、ふと唐突に視界から愛一の姿が消える。
俺の視界内にはベッドに座るシロだけ。
どこへ行ったのかと思えば、後ろから肩を叩かれた。
「で、こういう事も出来る」
「……透明化でも、瞬間移動でも、ないよな」
「呼称は透明化でいいと思うよ。でも、やった事は桐祐の認識を誤認させて、僕を意識外に追いやっただけ。現に、アルファには僕が桐祐の背後に回り込んだのを見ていたはずだよ」
シロに視線をやれば、こくこくと頷いている。
なるほど。俺が得たタイプの透明化とは随分毛色が違う様だ。
俺は資料で読んだ事の有る内容を思い返す。
「透明化だけでも種類は様々、自身の肌や触れている物体の表面を直接変えるタイプもあれば、周囲の光を屈折させて景色に溶け込むタイプ、それに対象の相手だけから見えなくなるタイプもある」
最初に挙げたのが俺が喰らった江戸辰也のタイプで、二つ目がシロの大気操作に内包されていたタイプ、最後のが今愛一が披露してくれたタイプだ。
「さすが、桐祐は詳しいね。ここまで見て来て分かると思うけれど、僕はそんな精神干渉に分類される全てのスキルを使うことが出来る。どこかのクソ組織たちの所為でね」
アルファは風を起こす程度のスキルを拡張されて、空気の流れを操る事で水蒸気や光までも操れる大気操作に。
ベータは火を起こす程度の発火能力を拡張されて、万物を灰に帰す過剰出力の焼却能力に。
そして、ガンマはテレパス程度の能力が拡張されて、同系統のあらゆるスキルを内包した精神干渉の極致に。
順番に見て行けば、拡張範囲がどんどん広がって行っている事が分かる。
それに、シロと比べても肉体と精神への影響も殆ど現れていない。
「ああ、違うよ。僕が最後だから後遺症がマシってのも無くは無いんだろうけど、主たる理由は僕の精神が無事なのは僕自身が僕の脳を弄繰り回したからだ」
「心を読むな」
愛一は何でもないみたいにけらけらと笑う。
「まあ、ここまで話せばもう分かるよね。僕は精神干渉のスキルを使って周囲の人間たちの認識と記憶を書き換える事が出来る。
そして、そうしていく内に、“記憶を書き換える事で、記録という事実までもが改変される”事に気付いたんだ。
これが桐祐もさっき言おうとしていた、天の光信仰教会だけが遥か昔から知っていた天の光エネルギーの起こす、まさに神の如き力。
脳味噌が思い込む事で実際にそれが起こる、超能力を発症したと思っているからそうなる、ってね。
だけど、当然ながらただ人類にとって未知の現象、物質ってだけで、神そのものなんかじゃないはずさ。でも、あいつらはそれを使って神モドキを作り上げてしまった」
話の中に俺の知らない情報が含まれていた。
今、愛一は“遥か昔から”と言ったか?
それは18年前の天の光現象よりも、もっと昔?
さあ、どうせ心を読んでいるんだろう。答えろよ。
「……」
「おい」
「あはは、ごめんごめん」
本当に、こいつは学校でふざけた話をしている時とテンションが何も変わっていない。
そこが少し不気味で、やっぱりこいつも脳を弄ったと言っていただけあって、頭のネジは外れているんだろうな。
「失礼な事考えているのは分かるけど、まあいいや。
天の光信仰教会っていうのは、それこそ最近作った表向きの看板さ。
その実態はずっとずっと昔から歴史の裏に存在した、スキル――彼らの言うところの神通力の存在を秘匿し、世に混乱を起こさない様にと管理していた組織だ。
さすがの僕も生まれる前の記録まではどこからも読み取れなかったから、なんていう組織だったのかまでは知らない。
もっとも、それもどこかで自分たちだけがスキルで利益を得ようと政治家や権力者に汚されて行って、更に天の光現象をきっかけに道道ヶ原巡の父親である紡が、神を創造しようなんていう馬鹿げた事の為に宗教団体にしてしまって、もはや面影もないけどね」
にわかには信じられない話だ。
しかし、それをそのまま信じるなら、つまりは大元を辿れば今で言う俺たちS⁶に実体の近い組織だったのか。
それがここまで堕落したとは、何とも酷い話だ。S⁶も他人事では無いだろうが。
「しかし、やけに天の光信仰教会の内情にまで詳しいじゃないか」
「さすが、桐祐も僕と同系統のスキルホルダーなだけあって、なんとなく話の先を察してるみたいだね」
「うん? 俺に精神干渉系のスキルなんて――」
思い返してみる。
発火能力、大気操作(ウイルス薬アルファベース)、瞬間移動、透明化――いや、もう一つ有った。
それらのスキルを奪った、赤子の俺が祝福の儀式によって得たスキルだ。
「お前は、俺のスキルが何なのかも知っているのか」
「知っているというか、桐祐の元々のスキルが同系統だから、見たら分かったって感じかな。名付けるなら、“超共感覚”だ。何か思い当たる節はないかい?」
共感覚――単一の感覚に対して、別の感覚も付随して感じる事の出来る知覚現象だ。
それに超を付けるという事は、それだけではないという事。
わざわざ答えを焦らして問うという事は、考えろ――いや、感じ取れという事なのだろう。
そして、それは自分で思っていたよりすんなりと出来てしまった。
自分がそういうスキルを有していると正しく認識しただけで、“そういうスキルがある”と思っただけで、出来てしまったのだ。
「――MGC襲撃事件の時、スキルを暴発させる生徒の緊張が伝わって来た。それに、思い返してみれば、さっき愛一が言ったみたいに、話を最後まで聞かなくても理解していた事も多かったように思う」
それだけではない。それだけではただの精神干渉系統のテレパスの亜種に過ぎない。
そこから何故、スキルを奪う能力になったのか。
「それも、桐祐ならもう分かってるよね?」
「何故“超”共感覚なのか。それは、相手のスキルにも共感して、理解して、同じ様に脳を働かせる事で、全く同じスキルを模倣して使えたからだ」
「うん、大正解」
俺が発症した第六感症候群、それは発火能力などではなかった。
超共感覚。最初から俺はスキルの模倣が出来たという事だ。
「それがテレパスとは少し違った桐祐の独自色で、超共感覚と僕が表現した所以だ。僕はそれと同じ芸当は出来ない」
「でも、共感して模倣しただけでは奪う事にはならない。道道ヶ原は言っていた、俺のスキルは変質したと」
「ああ。君も僕らと同類だ。汚い大人に好き放題されて、スキルを拡張された。僕らはプラスエスの人体実験によって、君は天の光信仰教会の祝福の儀式によって」
超共感覚による模倣が拡張され、出力が上がり、借りるだけだった力は奪うスキルに変質した。
「そして、君はそのスキルでベータの発火能力を喰らい、奪って、殺した――」
「べーた……」
ベータ、シロと愛一のかつての友。
俺はそのスキルを奪い、そして焼き殺してしまった。
「その、なんだ……」
俺が口ごもっていると、愛一はこれまでと同じ明るいトーンで、
「別に、謝らなくていいよ。殺らなきゃ殺られていたのは桐祐の方だし。正当防衛でしょ。
それに、僕らにとって敵だった火室祐雅も、君にとっては大切な父親だった。その上、ベータは無関係の母親と妹まで殺したんだ。
それは報復を受けるには充分な理由だし、ベータ自身としては憎き研究員の奴らに復讐を果たしてすっきりして逝けたと思うよ」
愛一は死した友人に対しても、どこかあっさりとしていた。
シロの方を見れば、こくこくと小さく頷いて、俺を慰めてくれている様だった。
「ごめんね、しんみりさせちゃったかな。ともかく、ここからやっと僕自身の話だ。始まりはそのベータが火を付けて回った、僕らの脱出からだ」
そう言って愛一はベッドサイドに在った見舞いのバケットからリンゴを勝手に拝借し、一口齧り、昔を懐かしむようにどこか遠い目で、語りを再開した。
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