#046 嵐と業火①
俺は固く閉ざされた扉に対して、フルパワーでスキルを発動。
――“発火能力”。
ただ、視るだけで良い。
視界内の如何なる物であろうと念じるだけで燃やし、その高出力故にコントロールを誤れば、業火によって消し炭にしてしまう。
人の身には手に余る、破壊の超能力。
大切な家族すらも焼却してしまった第六感症候群、まさに病気だ。
しかし、その病気も今の俺なら、エージェントとしてなら――。
真っ直ぐと対象を見据える。
すると、瞬く間に第一実験室の扉が赤熱色に染まり、壁諸共、轟音と共に吹き飛んだ。
内側に閉じ込められていた嵐が廊下へと溢れ出し、灼熱の業火が視界を赤熱色で染め上げる。
巻き起こる嵐の奔流と灼熱の波がぶつかり合い、拮抗し、相殺。
広い実験室内に、一瞬の凪が生まれた。
「――アハハハ!!! アハハァぁ……あァん?」
中へ入れば、高笑いをする眼鏡をかけた白衣の男が俺たちの方に怪訝な視線を向けて来る。
血だらけでボロボロだというのに、恍惚に顔が紅潮していてなんとも不気味だ。
「……お前が、ナンバーツーだな」
「だったら? ていうか、S⁶来るの遅すぎじゃね?」
退行した毛髪や顔の皺なんかを見るに、年齢は50代くらいだろうか。かなりいっているように見える。
だというのに、言動と口調がアンバランスに幼く感じた。
それも相まって、よりナンバーツーという男の不気味さを加速させていた。
しかし、こいつの処遇は後だ。こんなやつ一瞬で焼き殺せ――え?
今、自分の思考にノイズの様な違和を感じた。
殺す? 俺が? 例え相手が極悪人であろうと、この手で命を奪う?
そんな事、出来るわけ――いや、今はそんな場合じゃない。
頭を振って余計な思考を振り払い、それよりもシロを――と、部屋の中を見回す。
すると、来海が口を開いた。
「ねえ、シロはどこ?」
――居ない。
部屋の広さは体育館ほどでかなり広い。
いや、違うな。元はもう少し狭く区切られていたはずだ。
ガラス張りの壁で区切られていたであろう壁の跡が見える。
おそらく、薄い壁は先程の嵐で吹き飛んだのだろう。
横方向に壁がぶち抜かれて、体育館程の広さに拡張されてしまった。
そして、そんな空間を端から端まで見ても、シロの姿がどこにもないのだ。
土埃と熱風でやや視界が悪いとは言っても、あんなに目立つ綺麗な白銀色の髪の少女を見落とすはずも無い。
最悪の想像が脳裏を過る。
「まさか、さっきの嵐に巻き込まれて――」
その時だった。
「――ローゲ! 危ない!!」
来海に突き飛ばされ、もつれ合うように床を転がる。
直後、先程まで俺の居た空間を風切り音と共に“不可視の刃”が通過した。
その透明の刃は背後の壁にぶつかるまでその勢いを止める事は無く、やがて、衝突と同時に壁に一文字の亀裂を作った。
「なんだ、今のは――!?」
何も無い空間から、不可視の刃が飛んで来た。
――いや、正確に言おう。
その刃自体は視認できなかった。しかし、辺りに立ち込める土埃が刃の軌道に輪郭を作り、辛うじてその刃の存在を知らせてくれたのだ。
俺と来海はすぐさま体勢を立て直す。
続けて、同じ空間から再びもう一閃。
今度は攻撃を予期出来ている。俺たちは左右に別れる様に転がって回避。
「ナンバーツー! 何をした!?」
ナンバーツーを睨みつけ、その傍に在った瓦礫を発火させる。
熱されたそれは弾け飛び、散った礫がナンバーツーを襲う。
「チッ、うるせえな、病人が。わざわざ何をしたとか、何が起こったとか、優しく説明してやるわけねーじゃん。馬鹿がよォ!」
ケタケタと挑発するように、下卑た笑いを見せるナンバーツー。
こいつ、本当に――“殺してやろうか”。
――まただ、殺意の波動が沸き上がって来る。
確かに俺はシロに危害を加えたこの男に怒りを覚え、憎んでいるだろう。
だからといって、命を奪うなんて――本当に、この思考は俺のものなのか?
違和が、疑念が、胸中を渦巻く。
しかしそこに、そんな俺の思考を中断するナンバーツーの声。
「それよりも、お前らボクとお話してる場合じゃねーんじゃねーの?」
直後、三度の不可視の刃が俺たちを襲う。
「くそっ……」
土埃が作る輪郭と風切り音が、危険を知らせてくれる。
しかし、その土埃も既に落ち着き、薄くなっている。次の一撃は視認出来るかどうか――。
「じゃ、ボクはやる事やったんでお暇させてもらうわ、ガキはガキ同士遊んでな」
そして、俺たちが不可視の刃に手間取っている間に、ナンバーツーは壊れて歪んだ扉を蹴り開けて、隣接する別の部屋へと逃げていく。
「待ちなさい!」
すかさず来海がクナイを投擲。
しかし、直後室内に嵐が巻き起こり、念動力で操作し切れない程の突風に煽られて、クナイは狙いを反れた。
そして、不可視の刃が撃ち出されていた空間。
その一点が、嵐の発生と共に景色が歪む。
俺はその空間の歪みを知っていた。
橋の下で見た――やがて、歪んだ景色はじんわりと溶けていき、その正体を現す。
「「――シロ!!」」
俺と来海は同時にその名を読んだ。
歪んだ景色の内から現れたのは、白い幽霊。白銀の少女。第一非検体アルファ。
そして、オムライスとお菓子が好きで、無口だけれど子供っぽく可愛らしい、妹みたいな女の子、シロ。
俺たちのよく知る、一人の少女だった。
しかし、様子がおかしい。
「ぁ……、ぁ……、ぁぁ……」
虚ろな瞳で虚空を見つめたまま、ぶつぶつとうわ言を呟いている。
「シロ、どうしたの……? 大丈夫、私たちよ! 来海と桐祐!」
来海の呼びかけにも、シロは答えない。
虚ろなままどこでもない空を見つめるのみ。
「まさか、既にウイルス薬を――!」
「そん、な……」
遅かった。ナンバーツーは既に天の結晶を所持しており、そしてそれはウイルス薬として完成してしまっていたのだ。
そして、シロはその身体に天の光エネルギーを投与されてしまった。
しかし、ショッピングモールでも、MGCでも、俺たちは全て阻止したはず。
いつ、どこでに天の結晶を――と、そこまで考えて、最後の可能性に思い至る。
一番初め、海上抗争だ。
海上に出現した天の結晶は一度砕かれ霧散したはず。そうでなければ、ショッピングモールに再び現れたりしないからだ。
しかし、例えばもし、最初に海上に現れた天の結晶が、ショッピングモールで再集積した個体よりも大きな結晶体だったとしたら。
最初の海上抗争で、天の結晶の欠片、その一部が回収されていたのだとしたら。
それに、俺たちは気づけただろうか?
そして、それを証明するかの様に――、
「――ぁ……、ぁぁ……ぁぁああああッ!!!!」
喉を引き千切らんばかりの絶叫と共に、シロは嵐を巻き起こす。
俺たちの身体を吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
――強すぎる。
記憶を失い、スキルの使い方も分かっていなかったシロ。
しかし今は、そのスキルが俺たちに牙を剥いている。
シロのスキル。
俺たちはその能力がなんなのか、資料を読んで知っている。
「あの子の、スキルって……」
「シロの――アルファのスキルは“大気操作”。それが拡張され、限界すら超えた滅茶苦茶な高出力で暴発している」
「まずいわ。あんな風にスキルを使いっぱなしじゃ、脳味噌が焼き切れてすぐに廃人よ!」
ただでさえ、かつてされた数々の人体実験で負荷がかかっているはずだ。
その上で、更に天の光エネルギーそのものを投与。あの小さな身体がまだ壊れていないのが不思議なくらいだ。
一秒でも早く、何とかしなければならない。
「……止めるぞ、俺たちで――」
負けるわけには行かない。しかし同時に、命に代えても――なんてのも駄目だ。
きっと、ここで俺たちがシロの暴発したスキルによって死んでしまえば、シロにはかつて自分の家族を殺してしまった俺と同じ思いをさせてしまうだろう。
それは駄目だ。
暴走状態のシロの命を奪うことなくに鎮圧し、俺と、来海と、そしてシロ――。
「――誰一人欠けずに、三人で生きて帰るんだ」
それが今回の、俺たちS⁶のエージェントとしての任務だ。
俺はもう、こんな病気で、誰かが傷付くなんて嫌なんだ。
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