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シュシュ・フラマンは悪女の系譜 《連載版》  作者: 三條 凛花
第1章 シュシュ・フラマン
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4.シュシュ・フラマン(婚約破棄編)

 店を出る前に、あの親切なウェイターの男性を探したけれど、見当たらなかった。


 夢のように美しかった国一番のレストランを出る。彼以外の店員も感じが良かった。興味深そうにこちらを眺めるでもなく、必要以上に憐れむわけでもなく。


 ふかふかの絨毯が敷かれた空中昇降車(エレベーター)に乗り込む。さっきと同じワンピースに髪型だというのに、いま鏡に映る自分の顔は、泣きそうな、怒鳴りだしそうな、微妙な顔をしていた。


 空中昇降車がどんどん、どんどん落ちていく。

 せめて姿勢だけでもよくいようと、ぴんと背すじを伸ばした。化粧室で赤いルージュをくっきりと塗る。




 レストランを出てしばらく歩いていると、母から()()があった。これも異世界から落ちてきた人がもたらした技術を参考に、私が開発した試作品である。


 この国に最後の異世界人が現れたのがかなり前で、「電話」という言葉の意味をきちんと理解できてはいないが、雷魔法を意味する文字と似ていた。話というのは会話のことを指すのだろう。


 電話の実用化にはかなり長い年月がかかるだろう。この試作品は、母と私の魔力を座標として、魔法を使って起動させるもの。他の人には利用できないし、母以外の相手につなげることもできない状態だ。


 何より、私はもう、魔導具研究所をやめると決めたから。



 母と話したら泣いてしまいそうで、どうするか迷った。けれども、誰にも言えずにいるのも苦しくて、最後には電話に出ることにした。


「あの……シュシュちゃん、今日はどうだった?」


 母がおずおずと尋ねる。母と私はそんなに似ていない。

 年齢を重ねてもあどけない顔立ちに、いつも細い金縁の丸眼鏡をかけている母とは、顔立ちも髪の色も違う。受け継いだのは、片方の瞳の色だけだ。


「母さん、……なんかだめだった」


 私はなんとか絞り出した。声が詰まった。こんなところで涙をこぼしちゃいけない。口元を押さえ、道の端に置かれたアーチ型のベンチにへなへなと座り込む。


 電話の向こうでは、母が息を飲む音がしたが、続きを急かしたりすることはなかった。たぶん、どんなふうに声をかけようか考えてくれているのだろう。私は母のそういうところが好きだ。


 呼吸を整える。涙が落ちないようにぐっと上を向いた。夜空にさっと虹の道が敷かれていく。またルナシップが到着するのだ。


 ふいに電話の向こうが騒がしくなった。


「シュシュ! 振られたってどういうことだ!」


 義父だった。


 母は結婚しないまま私を産み、私が十歳になるかならないかのころ、この人と再婚した。


 声を荒らげているが、それは私を叱っているのではなく、彼に憤っているのだとわかっているから別に怖くはない。血の繋がらない娘にも、本気でぶつかってくれる義父のことも私は好きだった。


 それからぽつぽつと話をした。義父はレックスの家に乗り込みかねない勢いだったけれど、私はそれを断った。


「義父さん、母さん、私、魔導具研究所をやめてもいい?」


「レックスさんがいるから?」


 母が心配そうに尋ねる。


「それもあるけど、私、本当はもっと勉強がしたかったの。レックスとの未来があると思ってたから、彼と一緒に就職するのを選んだだ……」


「いいぞ」


 最後まで言い切る前に義父が大声で言った。


「奴らの手切れ金で足りない分はもちろん出すから心配いらん! あと、いつも仕送りしてくれるけどな、いいんだよ。シュシュは女の子なんだ。好きなもん、かわいいもんを買いな!」


「ろ、ロベルトさん。今はそういう考えはよくないって言われてるの」


 昔とは違う。身分差や性別差をなくしていこうという風潮だ。


「ふふ、いいの、母さん。ありがとう義父さん。私がかわいいもの好きなの、よく知ってたね。また働き出すまではお言葉に甘えさせてもらうね。キキとササにもよろしくね」


 電話の向こうから、おねえちゃん、おねえちゃんと小さなかわいい声が聞こえてほおが緩んだ。


「あの、シュシュ……。よかったら今から実家(こっち)に帰ってこない?」


「ありがとう母さん。でも私、いろいろ清算したくてさ。家を引き払ったり、研究所を辞めたりしたら、入学までそっちで過ごしたいな」


「わかったわ。──いつでもいいのよ。待ってるからね」


「うん」


 声がうるんでしまって、私は慌てて電話を切った。


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