2.シュシュ・フラマン(婚約破棄編)
私の住む国、アウトリーフ国はずっと変革を遂げている、世界の中でも先進国だ。
他国とのもっとも大きな違いは、超大国だということである。
この世界には四つの大陸があり、それぞれの中にいくつかの国がある。しかし、アウトリーフ国は大陸全体で一つの国になっているのだ。
かつてあった三つの国を統合してできた大国なのである。また、王制もなく、実力主義の世界である。
その立役者は、九十年ほど前に現れた、"解放王”と名高い最後の王ミューゼット。彼が王国解体したのをきっかけに他国を凌駕する勢いで発展を遂げている。
それは、三つの国がそれぞれ抱えていた魔法・魔術・技術のほか、別な世界で生きた記憶を持つという人たちの知識が一カ国に集約されたからだと考えている。
空中昇降機がついに最上階で止まった。
「いらっしゃいませ」
パリッと糊の効いた服を着た男性が穏やかな微笑みを浮かべ、出迎えてくれた。彼の向こう側には、大きな窓と、夜空が広がっている。
婚約者は割と裕福な家庭で育ったのだろうと想像してはいたけれど……。こんな場所に足を踏み入れたことがなかったので、場違いではないかと緊張がさらに深まった。
「あなたとの婚約ですけれどね、破棄させていただこうと思うの」
メニューを頼み終えると、義母となるはずの女性は、貼り付けたような無表情で言った。それは「ついでに前菜をもう一品追加しようかしら?」というような気軽さだった。
「ま、待って下さい。お義母さん……」
「いやだわ。あたくし、あなたの母になったつもりなんてないのよ?」
義母は、侮蔑のこもった眼差しをこちらに向け、ぴしゃりと言った。私はくっと喉の奥が冷たくなり、ごくりとつばを飲んだ。
「すみません、マルーンさん。でも、どうして? レックス、あなたからも説明して?」
「……」
「レックス……?」
彼はうつむいたまま答えなかった。
見上げるくらい背が高い人だというのに、母親の横に並び、背中を丸め、まるで隠れるようなその雰囲気に言葉を失う。
ついこの間、大きな黄昏石のついた指輪を送ってくれたばかりだというのに。
「ああ、この子はショックを受けているみたいなの。繊細な子だもの」
レックスの母は、いたわしげな視線を彼に向けた。
「あたくしから説明するわ。端的に言うと、あなたのような”罪人の血”を、元伯爵家であるわが家に混ぜるわけにはいかないのよ」
「……罪人の血?」
「ええ。人を雇って調べさせたの。婚前調査というものね。そうしたら、あなた、あの稀代の悪女の子孫だというじゃない。百年ほど前、プリュイレーン王国を破滅に導いたと言われる……」
「チュチュ・コスメーア……?」
「あら、知っているのね。もっと無教養かと思ったわ」
彼女は純粋に驚いたといった感じで、ぱちぱちと瞬いた。それからすっと立ち上がり、テーブルの上に分厚い封筒を置く。
「とにかくそういうわけだから。高貴なこの子に、あなたのような方は釣り合わないわ。身分がある時代だったら、うちは伯爵家なんですからね。あなた、もし罪がなかったとしても、男爵家の血筋でしょう? 釣り合うわけがないじゃない」
「そんな……」
「こちら、手切れ金よ。この子が渡してしまった婚約指輪も差し上げるわ。売ってお金を工面するといいでしょう」
レックスも無言で立ち上がる。
「レックス……」
そのまるまった背中に声をかけると、彼はびくりと肩を揺らした。
「そうそう、この子ね。あなたのその不格好な瞳も嫌いだって言っていたわ」
「レックス」
彼は結局、こちらを一瞥もせずに去っていった。
*シュシュのメモ*
◆解放王ミューゼット
旧プリュイレーン王国最後の王。王国を解体し、三カ国を統一した。