1.シュシュ・フラマン(婚約破棄編)
百年後──。
首都地上駅についたようだ。
私はそれまで読んでいた本を閉じて、鞄にしまった。ここのところ流行っている一冊だ。
ルナランを降りて駅間昇降車に乗り換える。
ルナランは正式名称を月光機関車といい、月の光を魔導石に込めたものを爆発させ、エネルギー源とした機関車である。
ぐんぐん遠くなっていく地上の光を眺めながら、どこかもやもやとした気持ちを抱えていた。たぶん、さっきまで読んでいた本があまり合わなかったのだと思う。
著者が旧プリュイレーン王国の侯爵の末裔。関係者たちの手記をもとに書いたものだというので、興味を惹かれて買ったのだが、私はあまり共感できなかったのだ。
物語は興味深く読んだのだ。だが、解放王が悪であるかのように書いてある部分が腑に落ちなかった。
彼が、解放王ミューゼットがいたからこそ、この国はわずか百年で世界のどの国よりも発展したというのに──。
ベルのような音が鳴り、昇降車の扉が開く。そこには、雲の上にある首都空中街が広がっていた。見上げると、船が空を飛んで滑り込んでくる。ルナシップである。
いまだに馬車を使っている国も多い中で、この国は驚くほどの発展を遂げていた。
首都空中駅の美しいイルミネーションを反射して、きらきらと輝いている水たまりを眺めながら、寒さがしみる首元のあたりをさすった。
連日続いている重たい雨が、秋を連れてきたようだ。ついこの間まで半袖のワンピースでも汗ばむくらいだったのに不思議だ。
今日は、婚約者の母親が地方から出てくる日だ。
国の中心地にあるレストランを指定されている。いつもは婚約者が迎えにきてくれるのだが、今日の待ち合わせ場所はレストランの中だった。
約束の時間まであと十五分。
ようやく駅にたどり着いた私は全面ガラス張りの空中昇降機に乗り込んだ。待ち合わせ場所は、この首都空中駅の最上階にあるのだ。
空中昇降機はぐんぐん進んでいき、まるで空に落ちているかのように感じられる。耳の奥がキーンと痛んだ。これは「気圧」が変化するからなのだと以前読んだ本に書いてあった。
鏡の中に映るのは、淡いミントグリーンの髪を見苦しくないようにアップスタイルにした自分の姿。
瞳は珍しいオッドアイで、片目が桃色、もう片方は“雨の色”だと母が言っていた。ものすごい美人というわけではないけれど、今の自分はわりと気に入っている。
見下ろす街には背の高い建物が立ち並び、それぞれが魔導灯で美しく彩られて、宝石箱だ。
ふと、空中駅にルナシップが滑り込んできたことに気がつく。
首都空中駅は、先ほど見たルナシップの停車駅である。
二十年ほど前に開発されたルナシップのおかげで、地方と首都との行き来はずいぶんと簡単になった。ルナシップは、正式名称を月光高速船という。
その名の通り、月光と風をエネルギーとして船を空に浮かせたものだ。そしてそこに術者が風魔法をかけることにより馬車の何百倍も早く移動ができるようになっている。
婚約者の母が住むのは、以前は他国であったベチルバード地方。大陸の端に位置するのだが、ルナシップを使えばほんの一時間ほどで移動ができる。
逆に、同じ首都圏にいながらも、私が自宅からここまでくるのにかかったのは、月光機関車で二時間以上。
そう考えると不思議な感じがする。
*シュシュのノート*
・月光高速船
大陸内の遠く離れた地方同士をつなぐ。最新の乗り物。
・月光機関車
五十年ほど前に開発された機関車。