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4.母 リリ・フラマン(4)

しばらく悲しい過去編が続きます><

 彼は悪い人ではなかった。どちらかと言うと、優しく穏やかで朴訥な人だ。草色の髪と同じ色の目をしていた。


言葉数は多くないけれど、家に来るときには、必ずリリの好きな菓子も持ってきてくれていた。


 もっとも、その菓子はロージーの腹に収まってしまい、リリが口にすることはなかったのだけれど。




 リリは泣きながら抵抗した。けれども、普段の彼からは考えられないような、獣じみた力に、表情に、かなうことはなかった。正気ではないように見えた。目は血走り、焦点が合わない。何を言っているかわからない。ただただ怖かった。


 ロージーは部屋の入り口を塞ぐようにして、それを嗤って見ていた。


「おねえちゃん、そんなにわたしのことが嫌いだったの……?」


 リリは目にいっぱい涙を溜めて、なんとか絞り出した。体中が痛かった。リリが言うと、ロージーは顔を歪めた。


「かあさんはいつもあんたのことばっかりだった。本当の娘はあたしなのに。リリ、リリ、リリ。あんたなんか、親に捨てられた、卑しい女の子どものくせに」


 ロージーは吐き捨てるように言った。



 階下で扉が開く音が聞こえる。

 するとロージーは、それまでの表情から一変して、突然狂ったように大声を上げて泣きはじめた。その急な切り替わりに呆然としていると、義父が何事かと飛び込んできた。


 恥ずかしさに涙がこぼれた。同時に、助かったと思った。義父が来てくれた。


 ところが、義父の反応は思っていたものではなかった。真っ赤になってリリに怒鳴りつけると、二人を引き剥がした。


 次の瞬間、頬をひどく叩かれ、衝撃で倒れ込んだ。視界にちかちかと星が散った。





「だから売女の娘なんて引き取るなといったんだ!」


 そのまま引きずられ、蹴り出されるようにして身一つで追い出されてしまった。


 呆然としていると、次に義父の怒りの矛先が向かったのだろう。ロージーの婚約者と義父の言い争う声が聞こえた。


 彼は義父の部下だ。この結婚を取りまとめたのも義父だった。






「あーあ、よかったあ」


 ロージーはくすくす笑いながら、雨の中、草の上で這いつくばっているリリと目線を合わせるようにしゃがんだ。


 義母そっくりな顔に育ったロージーだが、その表情は、義母からは向けられたことのないものだった。


「あの人、地味だったでしょ? 特に、雑草みたいなあの髪の色! 嫌だったのよ本当に。これで婚約破棄できそうだわ」


 く、く、と笑うと、ロージーはリリの前に旅行鞄をどさりと投げ出した。


「これはご褒美。あんたが好きなもの詰め込んでおいたわ。目障りだからさっさと出て行ってね?」


 リリはうなだれながら、住み慣れた家を後にした。


 雨は冷たく、シャツはボタンがちぎれていたので、はだけた胸元を合わせるようにして隠すことしかできない。

 幸い日が暮れ始めていて、リリの格好は目立たなかったけれど、旅行鞄はどっさりと重く、じわじわと体力を奪っていく。


 どれくらい歩いたのだろう。気がつくとリリは意識を手放していた。




 リリが倒れていたのは、隣町の古書店の前だったらしい。一人でそこを営む老婆に拾われた。


「それにしても、こんなものをもたせるなんて」


 事の顛末を聞いた老婆は、ロージーにもたされた旅行鞄を開けてぷりぷりと怒っていた。その中には食べものもお金も着替えも入っておらず、ぶ厚い本がたくさん詰められていたのだ。


「最後の最後までぶれない女だねえ。あんたの義姉っていうのは」


 リリはうなだれた。


 ロージーは、とにかく自分を苦しめたかったのだ。そう思うと泣けてきた。





「いや、待ちな。──あんた、これはすごい幸運だよ!」


 突然老婆の目の色が変わる。彼女の手には、今にも崩れ落ちそうなくらい古い、一冊の日記が握られていた。


「これは古代の日記だ。ええと、──この日記をお姉様に捧ぐ……? ふむふむ、……まさか、そんな!」


「あの……」


「リリ、あんたね、この一冊だけで生きていけるよ。

 太古の昔に滅びた雲の王国、最後の女王マリポーサの日記だ。罪人となった彼女は、プリュイレーン王国の豊穣の森を終の棲家にしたというが……」







 数ヶ月後、リリは妊娠していることを知る。


 初めは望まぬ子どもに青ざめたリリだったが、義母が血の繋がらない自分を分け隔てなく育ててくれたことを思い出し、自分も愛情を注いでいきたいと決意した。


 幸い、老婆の口添えで、貴重な書物は買い叩かれることもなく、リリは母子二人で生きていけるだけのお金を手に入れた。


 けれども、必死で働き、いつ何があってもいいように財を蓄え続けた。娘のシュシュには、学をつけさせた。

 シュシュが成長し、ずいぶん手を離れたころ、穏やかな男性と出会い、再婚。


 今は、娘のシュシュが良縁に恵まれることを祈っている。



「……おかしいな、記憶に欠落が見られる。 《血の修復》 」



──────


「リリ! リリ……! いったいあんた、どうしたんだい?」


老婆は新聞を手にして倒れているリリを見つけた。どれくらいそうしていたのか、彼女の体はすっかり冷たくなっていた。


「これは……」


老婆は言葉を失う。そこには、リリが暮らした家で起きた凄惨な出来事が書かれていたのである。義姉の婚約者は、義姉と義父とを刺殺し、その後自害した。婚約者の遺体からは、禁制品の反応が見つかった──。




数日後、目覚めたリリは記憶の一部を失っていた。


ロージーのこともその婚約者のことも、頭のなかから綺麗さっぱり消えていたのだ。ブラン家ただ一人の養女。義母が亡き後、義父と折り合いが悪く家出をした。その際、義父に紹介された男性となぜか関係を持ってしまった──。男性は婚約破棄だと叫んでいる。


リリ・フラマンの心は、それを真実だと盲信しているのである。




母 リリ・フラマン編 《完》

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