3.母 リリ・フラマン(3)
それから十年。ロージーの意地悪は変わることはなかったけれど、リリは彼女に対して申し訳なさも感じるようになっていた。もし自分がロージーの立場だったらと考えると、胸が締め付けられたのだ。
でも、同時にロージーへの嫉妬も抱かずにはいられなかった。義母との暮らしは幸せだった。彼女は本当に優しくて、ロージーとリリとを分け隔てなく育ててくれようとしていた。
けれども、ロージーに対しては遠慮がなくて、リリはどこかお客様という感じが抜けきれず、寂しく思った。
ロージーは年頃になるとさっさと家を出て寮生活を始めた。リリは家から学園に通った。
その頃には気がついていた。
義父のものとされる功績──月光高速船の核ともいえる部分の公式を考えだしたのが義母だということに。
「ククのお母様が亡くなって……孤児となった私たちは、炊き出しでなんとか命を繋いでいたわ。とはいっても、古びた教会に身を寄せて、貧しいながらもなんとか生きていくことはできたの。教会の裏手には図書館があった。そこは、すべての人に解放されていたから、一日中そこにいたわ」
「勉強が好きだから?}
リリが尋ねると、義母は少し困ったように笑った。
「今は好きよ。でも、最初は違った。──図書館はね、暖かかったの」
義母が亡くなったのは、ロージーが婚約する少し前のことだった。不幸な事故だった。
意外にも、一番堪えていたのは義父だった。彼は取り乱し、義母の棺に取りすがって嗚咽を漏らしていた。
リリは、二人は昔で言う政略結婚のようなものだと考えていたから驚いた。
義母もまたそう思っていたのではないか。彼女は言っていた。「私たちの結婚は、父が決めたものだ」と。
ロージーは実父の様子を、虫を見るような目で眺めていた。
黒いヴェールからのぞく髪の毛は毒々しい桃色に染め替えられていた。彼女がもともと持っていた義母ゆずりの美しい金髪は、リリがいくら願っても手に入れられないものだったのに。もったいなく感じた。
ロージーは学園を卒業してから、定職につくことはなかった。
たまに飲食店で働いているときもあったが、たいていは家と誰かの家とをふらふらと行ったり来たりしていた。
義母の形見の宝石はすべてロージーが譲り受けた。リリには金縁の眼鏡が渡された。
ロージーはにやにやしていたけれど、リリはうれしかった。幼いころ、一緒に眠ってくれた夜の彼女をいつでも思い出すことができた。
リリは目が悪いわけではなかったので、眼鏡屋に行って、度の入っていないレンズに付け替えて、毎日それを身につけた。義母がそばにいてくれるような気がした。
ロージーは相変わらず苛烈だったが、一年ほど前、婚約者ができてからはずいぶん落ち着いたように見えた。髪の毛も元の色に戻っていた。よく笑うようになった。
すべての歯車が狂ったのは、それからすぐのこと。
部屋で本を読んでいたら、突然押し入ってきたロージーの婚約者に襲われたのだ。