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シュシュ・フラマンは悪女の系譜 《連載版》  作者: 三條 凛花
第1章 シュシュ・フラマン
14/18

13.シュシュ・フラマン(求婚編)

 

「……参ったな。君、知っていたのか」


「公然の秘密です」


 私の高祖母、チュチュ・コスメーアは、プリュイレーン王家に罪人として扱われていた女だ。


 いくら時代が変わったといっても、──自分の系譜を知ってしまった今の私には受け入れられなかった。


「血筋って、そんなに大事なことだろうか」

「……ええ」

「君は、祖先の罪を気にしているようだが、それなら俺もプリュイレーン王家にまつわる秘密を教えよう」


 グリハルトさんは、真剣な顔をして言う。


「そこの奥に、古い屋敷があるだろう」


 森の奥のほうに、大きな屋敷が見える。

 周りは鬱蒼と木に覆われているが、保存魔法などをかけられているのだろうか、建物自体は綺麗に見えた。


「二千年ほど前になるだろうか。あそこにはね、大魔術師とその妻が住んでいたんだ」

「大魔術師リヴェールのことですか?」


 私が尋ねると、グリハルトさんは一瞬驚き、それから破顔した。


「すごいな。君はきっと、学ぶことが好きなのだな」


 学ぶことは生き抜くために大切なこと。母からそう教わっていたけれど、好きなのかどうかは考えたことがなかった。


「魔術師リヴェールはプリュイレーン王家の祖先の一人だ。彼らの間には子がいないので俺の直系ではないが。

 でも、その妻はね、罪人だったんだよ」


「罪人……?」


「そう。故国を滅ぼした魔性の女だ」


「国を滅ぼした……」


 チュチュ・コスメーアがやったとされることや、元侯爵の本の内容などがつらつらと思い出された。


「彼女も気の毒な身の上でね。魔族に操られて、自分を失っていたんだ。たくさんの人間が死んだ。自我を取り戻したとき、ひどく後悔したそうだよ。

 彼女は最終的には魔術師リヴェールと結婚したが、生涯子を持たず、親のない子どもたちの支援をして生き抜いたそうだ」


「……」


 私は、どうしていいかわからなくなった。


「でも、直系では無いじゃありませんか」

「君は……本当に頑固だなぁ」


 グリハルトさんは苦笑した。


「これは一端に過ぎない。公になっていないだけで、他にもいくつもの罪はある。王家っていうのはそういうものだし、いくつもの争いごとを経て平和は成り立っているんだ。完璧に一滴たりとも罪のない家系なんてない。俺はそう思っている」


 私は泣きたくなった。

 グリハルトさんへのこの気持ちは、間違いなく恋だとわかっている。彼が言うように家系のことなんて言い訳にすぎないと、頭ではわかっているのだ。


 でも、どうしても踏み出せない。


 本当は私、あの秋の夜、婚約破棄をされて傷ついていた。自分のすべてを否定されたみたいで。


 彼はこう言ってくれている。ミリア会長も味方をしてくれるかもしれない。


 でもたとえば、グリハルトさんのお母さんやお父さんに疎ましく思われたら? あるいは、私の中にも母やチュチュ・コスメーアのようなひどい性質が眠っていて、それを押さえ込んでいるだけだとしたら?


 私はもう、失敗したくない。あんな目を向けられるのは怖い。






「ふふっ」


 グリハルトは呆れたように笑いをこぼした。


「シュシュ。君は本当に頑固だ。でも、俺も譲れないものがあるんだ。君が俺を嫌いだから結婚したくないというなら引こう。でも、そうじゃないだろう?」


 グリハルトは、私の手を握った。温かくて硬い、男の人の手だった。


 雨色の瞳と菫色の瞳、どちらも木漏れ日をちらちらと反射しながら、私の底を見透かすようにこちらを見ている。


 私は恥ずかしくなって、視線を落とした。けれども彼はそれを許さなかった。私の頬に手を添えて、そっと彼のほうを向かせた。


「調べようか。君が納得いくまで」


「……わが家の系譜は把握しています」


「それは、目に見える事実だけだろう? 案外、歴史の裏にはわかってないことが多いものだ」


 グリハルトさんは、私にと差し出してくれた指輪の宝石を指さした。


「これはね、じつはプリュイレーン王家に伝わる魔道具なんだ。魔術師リヴェールが、妻のために作ったという。彼の死後は、俺たちの祖先に渡ったものだ」


 宝石は、よく見るとその中に夜虫(ホタル)のような光を宿している。


「本来は后を守るためのものとして受け継がれてきた。だが、別な使い方もできる。対象者である君の魔力と、解放者である僕の魔力があれば、まるで過去に戻ったかのように、すべてを見て、聞いて、知ることができる」


 グリハルトさんは、私の手をとり、彼の両手でしっかりと包み込んだ。


「待って……!」


「もう待たない。そう言ったはずだよ」


「でも……」


「大丈夫。俺がそばにいるから。どんな過去だったとしても、絶対に君を諦めない」


 どうしてだろう。私はそのとき、この人を知っているような気がした。もっと、ずっとずっと前から。


 気を抜いた一瞬のうちに、グリハルトは私の指に、指輪をはめてしまった。


 私たちは光に包まれた。森が溶けるように消えていく。その中で、震える体を強く抱きしめるぬくもりだけが残っていた。






『シュシュ・フラマンは悪女の系譜』


第1章 シュシュ・フラマン(完)

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