神無月
10月の末は枯れ木の匂いがする。それを、随分と長いこと嗅いでいないなと思った。
地元でいくら都会だと持て囃されようが、所詮仙台は東北の田舎町だから、少し外れれば簡単に静かな場所に辿りつける。ふらっと入り込んだ住宅地の隙間に挟み込まれたみたいな公園では、真っ赤に色を変えた木々がほろほろ不要な葉を落としていた。公園を囲うように植わっている落葉樹の中心はまっさらで広々として、隅っこの方では古ぼけた遊具がまるで押しのけられたみたいにこぢんまり並んで、その内の砂場のところで幼児が二人、おそらく兄弟だろうが、せっせと砂の山を築いていた。
急ぎ出るのに引っ掴んだ灰の立体マスクは口元に生ぬるい空間を作っていて、それのおかげか多少息が上がっても呼吸が楽だった。公園の囲い木はざわざわ風に揺られている。そこらの屋根より大きいから、もしかしたら大変に古い木なのかも知れないと思った。それにしたら枝が貧相だから、こんな狭いところに挟まれて可哀想だとも思った。
何も考えずに自転車を走らせて、車が2台ギリギリ通らないような道を右往左往して、たどり着いた隙間の公園の辺りいっぺんは、風情あると言うには歴史が浅くて、ニュータウンというには少し古っぽい土地だった。昔何かの授業でさんざ仙台大空襲というのを聞かされていたから、それもなんだか納得した。言っちゃ悪いがつまらない街だった。本当に、この街はつまらなかった。
砂場の兄弟以外に公園に人影は見当たらなかった。私は少し影になっているベンチを探して、半分ほど木陰になっている、彼らから一番遠い木製ベンチに向かった。背もたれのないベンチの座面はすっかり黒くなっていたが、座るのには支障ない。埃を払おうと手で軽く払うと随分ささくれてやりにくかった。あまり気にするたちでもないのでそのまま座るとやっと一息つけた。その時、水筒を忘れていたことを思い出した。すぐそこに水飲み場があったが、色んなことを考えてなんとなく気が進まなかった。水飲み場には枯れ葉が沢山溜まっていた。時勢かな、と思った。
砂場で遊んでいた兄弟はいつのまにかブランコあそびをしていた。随分小さく見えるが、子供に縁がないので幾つの頃かはわからない。母親も父親も見当たらないから小学生かと考えたけれど、それにしては小さいように思えた。私はそれを不審に思われないようにこっそり眺めてから手元のスマートホンの電源を入れた。
手のひらサイズの発光板をスライドして流れるようにロックを解除してから無意識的に青いアイコンをタップする。目に馴染んだ白い鳥が近寄ってくるアニメーションの後にタイムラインが表示されて、無心でそれに目を通した。大概がなんでもないことを言っている。『腹が減ったから何か食べる』『推しにお金貢ぎたい』『ケーキ食べたい』『寒い』エトセトラ。特によく見たいと思えるものもなかったのでまた電源を落とす。スマートホンをバックにしまう。枯れ木が風に揺られて擦れる音が心地よかった。仙台は風の強い街だ。この日もずっと、どこかしこから風が吹いていた。
特に見るものもなくて公園の中心に目を向けると、兄弟のうちの片方__小さい方だった__が大きな木の葉の影が落ちるところと日の刺すところのちょうど真ん中辺りにいた。彼は小さな手のひらを広げて葉が落ちてくるのを喜んでいるようだった。葉は、くるくる回転しながらお日様を受けるせいで、木の葉が赤と影にチカチカ点滅しながら落下していた。幼児は陽の光に照らされて、どこかのパンフレットで見たありふれた写真みたいだった。それがなんだかとても美しいものに見えて、なんとなく、私の人生の何かがいつの間にかに過ぎ去っていたのを感じていた。