天年と人女 後編 第十六話 唯一の再会
私は、家の窓の前に降り立ち、身体の中に羽を収めた。背中の中央に切れ込みの入った外套を着ているので、羽が生えていたために背中に入った服の切れ込みは、外套で覆い隠されて見えなくなった。
窓に手をかけると、鍵はかかっておらず、音もなく開いた。
窓から私は室内に身を躍らせる。室内の中央には寝台が置かれ、寝台の横の卓には、光量を絞った明かりが置かれ、室内を淡く照らしている。明かりの横には見覚えのある花が生けられた花瓶が置かれていた。懐かしい。フィラネモの花だ。
この部屋に足を踏み入れるのも5年、いや6年ぶりだろうか。部屋の中の配置は大きく変わってはいなかった。元々2人の寝室として使っていた部屋だ。前は寝台が中央ではなく、壁にそって置かれていたことくらい。
私は、寝台に向かって、足を進めた。
寝台には、一人の女性が横になって、寝息を立てている。
金に近い山吹色の髪がうねるように彼女の身体を覆っている。閉じられた瞼の奥には青い瞳があるはずだ。
私は彼女の姿が目に入っただけで、視界が涙で歪むような気がした。
寝台の隣に立って、彼女の頭に手を置き、髪の流れに沿って滑らせる。以前と同じ手の感触。
「フェリシア。」
起きることはないと思い呼びかけたが、彼女は身体をピクリと震わせて、その瞼を開いた。そして、寝台の横にいる私に視線を止めると、へにゃりと顔を崩す。
「アルフォンス。」
彼女は上半身をその場に起こして、私に向かって手を伸ばした。私は彼女の上半身を胸の中に抱え込んだ。
「会いに来てくれたのね。」
「ああ、君の手紙を見たから。」
私は彼女と別れる時に、私に手紙が出せるよう魔道具の手紙一式を渡した。手紙を書いて、封筒に入れると、自動で私宛にその手紙が届くようになっている。
その手紙に初めて彼女が自分に会いに来てほしいと書いてきたのだ。私が彼女の元を訪れる手段も添えて。
「フェリシア。急に私に会いたいなどと、何かあったのか?」
彼女は、私が彼女と、その時は彼女のお腹にいた娘を守るため、彼女の元から姿を消したことを知っている。その彼女が、私に会いたいと言ってきたということは、きっと彼女か娘に何かがあったのだろう。
フェリシアは、私の言葉に言いにくそうに答えた。
「以前の手紙で、体調があまりすぐれない旨を書いたでしょう。」
私は彼女の言葉に頷いた。確か1年くらい前に、体調がすぐれないと書いてあった。だが、その後の手紙に記述はなかったので、回復したのだろうと思っていた。
「あれからずっと体調が悪いの。それどころか悪化してしまって、今はずっと寝たきりなの。」
「!」
私は彼女の顔を見つめた。部屋の中が薄暗いせいで、彼女の顔色が読み取れない。
私は、彼女の首筋に手を伸ばす。そのまま、手首や額にも手を触れて、愕然とした。
「貴方に初めて会った時の頃に戻っているでしょう?」
何も言わずに私の診察を受けていた彼女が、ぽつりとつぶやいた。
彼女の言う通り、また魔力の流れがか細くなっている。触れる箇所はすべて冷たく、体温が下がっている。もしかしたら、初めて会った時以上に悪いかもしれない。
「なぜ!」
私が荒げた声に、彼女はビクッと身体を震わせた。
「なぜ、早く私に言わなかった!」
このままでは、そうしない内に彼女の命は尽きてしまう。せっかく分け与えた私の命も、彼女の命を繋ぎ留められなかったことになる。
「言ってくれれば、私は君を助けられたかもしれないのに。」
今からでもなんとかなるかもしれない。でも、前回も私が与えられるぎりぎりのところまで命を分け与えたのだ。それでも、私の命と引き換えになら、彼女を生かすことが。
「・・その代償が、貴方の命だと思ったから。」
「フェリシア・・。」
彼女は私の手を握った。
「アルフォンス。貴方の治療を受ける前、私はもういつ死んでもおかしくないと思っていたの。婚姻も出産も諦めていた。」
「・・・。」
「でも、私はこんなに長く生きられた。大好きな貴方と婚姻もできたし、テラスティーネも産まれたわ。私はもう思い残すことはないの。」
「だが、テラスティーネは一人残されてしまう。」
私の言葉に彼女は笑って答えた。
「テラスティーネは兄様に頼んだわ。私が死んだら、兄様の子どもたちとともに面倒を見てくださるそうよ。それに、テラスティーネには、カミュスヤーナもいるから。」
カミュスヤーナ。私の姉と魔王マクシミリアンの子。
テラスティーネがフェリシアのお腹にいた時から、カミュスヤーナはその愛称と性別を知り、初めて2人が会った時には、娘の笑顔を守ると言ったらしい。
「テラスティーネは、カミュスヤーナが兄様の養子になってから会えていないから、彼のことを覚えていないでしょうけど。カミュスヤーナもテラスティーネのことを覚えているかは分からないけど、彼ならテラとも仲良くしてくれるでしょう。」
私は軽く息を吐く。
以前、カミュスヤーナの身体を借りたマクシミリアンと話したことを思い出した。彼は、カミュスヤーナも力になると言った。そして、テラスティーネを慕っていると。彼が、自分の生まれを知っているのかは分からないが、私がテラスティーネの前に現れるわけにはいかない以上、何とかなると思うほかない。
「フェリシア。」
「なあに?アルフォンス。」
「私は、君がこのまま死んでしまったとしても、持てうる力で君を蘇生することもできる。」
私が言った言葉に、彼女はその青い瞳を見開いた。その後、首を傾げて問いかける。
「それは、天仕の力なの?」
「そうだ。」
「その代償は?」
「・・・。」
黙りこくった私を見て、彼女は仕方がないというように、息を吐いた。
「アルフォンス。私は貴方の命と引き換えに、生き永らえたくはないの。」
「・・。」
「貴方も、もし私が自分の命と引き換えに、貴方を生かそうとしても止めるでしょう?」
「だが、私を必要としている人はもう誰もいない。」
私は既に死んだと思われているのだ。彼女が亡くなってしまったら、私に生きている意味はあるのだろうか?
「私が必要としているじゃない。それに、テラスティーネも、カミュスヤーナも。兄様やテオファーヌ様もそうだけど、2人の前に出るのは難しいかしら?」
「・・・。」
「今はテラスティーネやカミュスヤーナの前に出られなくても、いつかはきっと出会えるわ。その時には、死んだ私の話をしてあげて頂戴。私は貴方が寿命を迎えて、いつかまた天で会えるまで待っているから。」
「私は・・。」
何か言いたいが、言葉にならない。本当は一番彼女を失いたくないと思っているのは、私なのだ。でも、彼女の姿を見ていると、胸がいっぱいになってしまい、言葉が出ない。
「貴方を呼び出したのは、私が死ぬ前に貴方に会いたかったからなの。」
「フェリシア。」
彼女は私のことを抱きしめて、耳元で囁いた。
「ねぇ。最後に貴方の歌を聴かせて。アルフォンス。」
「・・・どの歌がいい?」
「最初に歌ってくれた歌と、他の誰も知らない恋歌を。」
「本当にすまない。フェリシア。私は何の力にもなれなかった。」
「謝らないで。私は貴方が側にいてくれただけでよかったの。・・ありがとう。アルフォンス。」
彼女の耳元で、私は2曲を続けて歌う。
抱きしめている彼女の腕の力がなくなって、彼女の呼吸音や鼓動が弱々しくなっていくのを感じながら。私は歌い続けた。
せめて、天に向かう彼女が、寒いとか、怖いとか、思わないように。




