天年と人女 後編 第六話 お絵描き
「フェリシア様。見て。見て。」
腰に負担がかからないよう柔らかな生地で作成されたソファーに、腰かけている私の腰辺りにしがみついて、カミュスヤーナが私に向かって言う。手には先ほど描いた絵を持っている。
カミュスヤーナが渡してくれた絵には、人の顔が描かれてあるようだった。
「これが父様で、これがアルフォンス様、これがフェリシア様、これが私・・。」
カミュスヤーナは指を指しながら、順番にどれが誰のことを描いたのかを教えてくれる。
髪と瞳の色は、それぞれの人物の色で描き分けられていて、良く描けていた。
「この人は?」
カミュスヤーナが、自分の顔を描いた隣にも、もう一人の顔が描かれていた。
水色の髪、青い瞳、髪は長いようだから、女性だろうか?
でも、そんな色を持った人は身近にいなかった。
カミュスヤーナは、私の言葉に不思議そうに首を傾げる。
「テラだよ。」
「テラ?」
カミュスヤーナは私の言葉にニッコリと笑う。
「テラはテラだよ。フェリシア様。」
以前話に出ていたマックスとは、別の友達だろうか?本当に、カミュスヤーナは、どこで友達を作ってくるのだろう?
「フェリシア様。また、お腹に耳を当ててもいい?」
カミュスヤーナは、私の少し膨らんだお腹を見て、尋ねた。
「いいけど。今は眠っているかも。」
私の言葉にカミュスヤーナは嬉しそうに笑った。私の隣に座って、上半身を私の上に預けるようにして、耳をお腹に当てる。耳を澄ますように瞼を閉じている。
サラサラとしたプラチナブロンドの髪を撫でてあげる。髪質はなぜか夫のアルフォンスに似ている気がした。
「テラ。早く会いたいね。」
「!」
ぽつりとつぶやいたカミュスヤーナの言葉に、私は息を呑んだ。
テラ、は私のお腹にいる子の名前?
絵に描かれていたのは、水色の長い髪、青い瞳の人。
水色の髪は父であるアルフォンスの色、青い瞳は母である私の色。
しかも、まだ分からないはずの性別も女だと、カミュスヤーナは分かっているのか。
私はお腹の上で、うっとりと目を閉じているカミュスヤーナを見て、首を傾げた。
カミュスヤーナを見ていると、部屋の扉を外からノックする音がした。
「はい。」
「テオファーヌ様がいらっしゃいました。」
「分かりました。お通しして。」
私はカミュスヤーナに立ち上がるよう促して、自分もソファーから腰を上げる。
部屋には深緑色の髪、黄緑色の瞳を持つ男性が入ってくる。カミュスヤーナの父親である摂政役のテオファーヌだ。
「父様。」
カミュスヤーナがテオファーヌの方に走り寄る。
テオファーヌは近づいてきたカミュスヤーナの頭を撫でた。
「大人しくしていたか、カミュスヤーナ。フェリシア様にご迷惑などおかけしていないだろうな。」
「もちろんです。父様。」
テオファーヌの言葉に、カミュスヤーナはニッコリと笑って応えた。
「アルフォンス様はご一緒ではないのですか?」
カミュスヤーナの言葉に、テオファーヌが苦笑する。
「そなたはすぐ、アルフォンスだな。今日は不寝番の日だ。詰所にいるだろう。」
カミュスヤーナは明らかに残念そうな顔をする。
「明日には戻ってくるから、会えるかもしれないぞ。」
「どういうことですか?」
カミュスヤーナは、テオファーヌに向かって問いかける。テオファーヌはそれに視線で応えた後、私に向かって頭を下げる。
「フェリシア。申し訳ありませんが、お願い事があります。」
顔を上げたテオファーヌが、すまなそうな顔で私に告げた。
「何でしょうか?」
「実は他領から使者が来ておりまして、本日は領主の館に泊まっていくことになりました。私はその対応をしなくてはなりません。カミュスヤーナを一晩預かっていただけないでしょうか?急に決まったことなので、他に頼れるところがないのです。」
「いいですよ。テオファーヌ様も大変ですね。」
私がそう答えると、テオファーヌは顔を緩めた。そして、後ほど、カミュスヤーナの荷物を持ってくるということで話がついた。
「カミュスヤーナ。私は今日仕事になってしまったから、ここで泊まらせていただくことになった。アルフォンスもいないから、そなたがフェリシア様をお守りするのだよ。」
「かしこまりました。父様。」
「では、フェリシア。私は荷物を取りに家に戻ります。」
「待ってください。テオファーヌ。戻る前に夕食を一緒にどうですか?」
私は身を翻したテオファーヌを引き留める。
「その調子ですと、夕食もまだなのでしょう?」
「そうですね・・アルフォンスからも、できるだけ館にとどまって、そなたの様子を見てほしいとは言われているが、いいのですか?」
「ええ、護衛もかねてお願いします。」
「・・承りました。カミュスヤーナ、フェリシア様が夕食に誘ってくださるそうだ。」
「ありがとうございます!」
カミュスヤーナは嬉しそうに破顔した。
先ほど、カミュスヤーナは、私のお腹の中にいる子をテラという女の子だと言った。カミュスヤーナは不思議な子だ。彼が言うことが本当なのかは、私にも判断できないけど、だとしても、気味が悪いとは思えなかった。それどころか、その屈託のない笑顔や私たちにも懐いている様子を見ると、この子もそのような子だったらいいなと、私は自分の大きくなったお腹を撫でて思うのだ。
きっと、アルフォンス様もそう思ってくださるはず。
今日は家に帰ってくることがない彼を思い、私は軽く息を吐いた。




