天年と人女 後編 第四話 赤い瞳の子
「では、フェリシア。行ってくる。カミュスヤーナをよろしく頼む。」
「はい。お気をつけて。」
「アルフォンス様。行ってらっしゃい。」
家を出るアルフォンスを見送る私の腰辺りに、プラチナブロンドの髪、赤い瞳の幼子がしがみついたまま、アルフォンスに向かって声をかける。
アルフォンスは、私と幼子に向かって、軽く頷くと、扉を開けて家を出て行った。
「カミュスヤーナ。本を読みましょうか?」
「はい。」
彼は首肯すると、いつもの居室に向かって歩き出す。私は今日の予定を頭の中に思い浮かべながら、彼の後に続いた。
カミュスヤーナは、私とアルフォンスの子ではなく、摂政役であるテオファーヌの子である。私が面倒を見ている経緯は少々長くなる。
まず、私は16歳の誕生日を迎えると同時に、婚約者であるアルフォンスと婚姻した。
そのため、私たちは同じ家に住むことになった。領主の館の近くにある家を賜い、そこに私と彼の両方が移ったのだ。
領主の座は既に兄、エルキュールが引き継いでいた。
領主の補佐に当たる摂政役には、兄が領主の座を引き継ぐと同時に、経験を積むために騎士になっていた兄の親友であるテオファーヌが就いた。
そして、私の夫になったアルフォンスは、一介の騎士から騎士団長となった。
彼は、騎士団長になってから、勤務が不規則で、自宅に帰ってくることが少ない。不寝番の時は詰所で仮眠をとることもある。私が寝ている時に帰ってきて、起きる前に家を出ることもある。ちなみに今日は遅番で、家を出たのは午後だった。
一方、テオファーヌは、騎士であった時に、婚姻もし、子どももできた。しかし、テオファーヌの妻は出産後の肥立ちが悪く、亡くなった。
テオファーヌは摂政役の仕事が忙しく、身近に女性もいなかった。
その上、当のカミュスヤーナがなぜかアルフォンスを慕っており、しょっちゅうこの家に遊びに来るようになっていた。父親であるテオファーヌが、拗ねてしまうくらいに。
でも、アルフォンスにも騎士団長の職があるので、家には日中はいない。
だから、普段、家にいる私が面倒を見ているというわけだ。
今日、テオファーヌは、朝早くに、カミュスヤーナをこちらに預け、摂政役の仕事をするため、領主の館に向かっている。
居室には、背の低い椅子と大きな卓が配置されている。カミュスヤーナはそのうちの一つの椅子に腰かけると、卓に積み上げられている絵本を手に取り、開いて眺めだした。
私は、カミュスヤーナの正面の椅子に座り、卓に置かれた縫物を手に取る。縫物をしつつ、カミュスヤーナの方をチラチラと眺める。
カミュスヤーナは、父親のテオファーヌとまったく似ていない。親子なのにも関わらず。
テオファーヌの亡くなった配偶者とも、私は顔を合わせたはずだ。ただ1回くらいしか会っていなかったので、それほど印象はないのだが。カミュスヤーナは母親にも似ていない。そして、髪の色も瞳の色も、両親の色を一つも引き継いでいない。
それよりも彼はアルフォンスに似ている気がする。アルフォンスの色も引き継いでいないので、彼が父親ということもないのだが。
そういえば、髪の色は、アルフォンスの姉であるリシテキア様と同じ色だな。と考えていると、彼はこちらを見てニッコリと笑った。
「フェリシア様。いつもアルフォンス様がいないと、寂しい?」
彼は悪気なく聞いてきているが、私は少し心が痛くなる。
婚姻したら一緒に暮らせるようになったものの、彼の仕事が忙しすぎて、一緒に過ごす時間は当初の予定よりかなり少なかった。
正直寂しくて、何度も彼が家を出るのを引き留めそうになっている。
それになかなか2人の子もできない。私が虚弱体質だったことに起因しているのかもしれないし、それほど一緒に寝ることができていないからかもしれない。
「寂しいわ。」
「ちゃんとアルフォンス様ご本人にそのことを伝えてる?」
私がカミュスヤーナの方を見つめると、彼はだめだなぁというように苦笑した。4歳児とは思えない大人びた表情だ。
「ちゃんと、言葉を交わさないとだめだよ。何も言わずに分かり合えるなんてないよ。」
「・・カミュスヤーナは寂しくないの?」
カミュスヤーナも普段父親には会えていない。ちゃんと家に帰ったら言葉を交わせているのだろうか?
「寂しくないよ。」
カミュスヤーナは不思議そうに首を傾げた。
「でも、カミュスヤーナも普段お父様に会えていないでしょう?」
彼は私の言葉に軽く頷いた。
「だけど、僕にはマックスがいるから大丈夫だよ。」
「マックス?」
「そう。僕の友だよ。」
色々なことを教えてくれるんだ。と言って、彼は笑う。
カミュスヤーナはまだ院に行ける歳でもないし、友達ができる機会などあるのだろうか?
そうは思いつつも、彼の大人びた言動から、誰かの影響は受けているのではないかとも思っていたから、私はそのまま話を合わせることにした。
「マックスが言葉を交わさないとだめだと言っていたの?」
「マックスにも大切な人がいたんだって。でも、えーと、相手に甘えて言葉を尽くしてこなかったから、その人と離れないといけなくなったって。」
「・・・。」
作り話にしては凝っている。本当にマックスというかなり年上の友達がいるのかもしれない。
「だから、僕が大きくなって結婚したら、妻にはちゃんと言葉を尽くしなさいって言われたの。」
「そうね。私もアルフォンスに寂しいって伝えてみるわ。」
私が彼の頭を撫でると、彼はとても嬉しそうに、はにかんでみせた。




