天年と人女 後編 第三話 婚姻式
目の前の鏡に、金に近い山吹色の髪を結いあげた少女が、映っている。
白のドレスには、水色と金色の花の刺繍が所々入り、レースもたくさん使われた豪華なものになっている。普段しない化粧もすると、少しは大人びた印象になった。
耳や髪等にはいろいろ装飾品が付けられているが、首だけは何もつけずに空いたままだ。
ここには本日交換する予定の婚姻の証が付けられるからだ。
私が用意した婚姻の証は、既に布が張られた木箱に収まっている。
私の後ろに立っていた侍女が、私の頭の後方に透ける薄地の布を付ける。
「これでご用意は完了です。」
「とてもお美しいです。フェリシア様。」
部屋の奥に控えている侍女たちが、次々に寿ぐ言葉を述べていく。
私はニッコリと笑って、その言葉を受け取った。鏡に映る自分の姿は、普段とはまるで違う別人のようだ。少しは年上の彼の横に立っても見劣りしない印象になっているだろうか?
しばらくして、客室に来るよう案内があったので、ドレスの裾を持ってくれる侍女と共に向かう。
婚姻式自体は領主の館の広間で行う。それまでの控室として客室を利用する。私と彼、それぞれの準備は別の部屋が割り与えられて行われている。
彼の用意も整って、客室にいるはずである。
「フェリシア様がいらっしゃいました。」
従者が客室の扉を開け、中に向かって声をかける。
部屋の中に足を踏み入れると、椅子に腰かけていた彼が立ち上がる。
深い紺の布地に、金と青の刺繍が入った服。少し長くなった水色の髪は、背後で、髪留めでまとめているようだった。彼は私の前に来ると、視線を合わせるように身をかがめた。
「とても、綺麗だ。フェリシア。」
「ありがとうございます。アルフォンス様。アルフォンス様も格好いいです。」
私がそう言って笑みを浮かべると、彼は軽く視線を逸らせる。
「皆に君の姿を見せるのが惜しくなるほどだ。」
私は自分の頬に手を当てる。やはり熱い。
そういえば、彼はこのような言葉を真顔でさらりと言えてしまう人だったと、あらためて実感する。
「フェリシア。人払いをお願いしてもいいか?軽く診察をしておきたい。」
私は彼に向かって頷くと、椅子に腰を下ろし、ひと時席を外すよう侍女に申し付ける。部屋にいた侍女と従者は、共に私たちに向かって一礼すると、部屋から出て行った。
彼は私の前に片膝をつき、私の首筋や手首に触れていく。
「少し脈が速いが、許容範囲内だな。」
「それは・・緊張しているからです。」
「緊張?会うのは身内ばかりではないか。何を緊張することがある。」
彼が不思議そうに問いかけた。
確かに領主である兄とは違って、他領から使者が来て出席することはない。式に出席するのは、私と彼の身内の方ばかりだ。それでも、彼が騎士であることもあって、騎士団の面々も加えると、それなりの規模の式になる。しかも一生に一度の行事だ。どうしても気後れするというか、緊張してしまうのだ。
「どちらにせよ心配することはない。私が側にいるのだから。」
彼はそう言って笑ってみせた。このところ、私に対する時には表情が柔らかくなってきたと思う。
「あの、アルフォンス様。やはりリシテキア様はいらっしゃらないのですか?」
私の問いかけに、彼はその表情を固くした。
「すまない。私も今、姉と連絡を取る手段がないのだ。」
「そうですか。虚弱も治ったことですし、一度お礼を差し上げたかったのですが。」
「君の虚弱を治したのは私だが。」
彼が不服そうな顔で呟いたのに、私は苦笑して答えた。
「勿論存じております。感謝してもしきれません。」
「分かっているならいい。」
彼はそう言うと、私に向かって片目を閉じてみせた。
「本当に私と婚姻していただきありがとうございます。アルフォンス様。」
「・・私は君を側で見守っていると誓っているからな。」
彼は私から視線をそらして、つぶやいた。
「それは、私の虚弱体質が治るまでではありませんでしたか?」
私が小首を傾げると、彼はバツが悪そうに応える。
「今日、それが『永遠』に変わっただけのことだ。」
私は彼の言葉に動きを止めた。視界が涙で歪む。彼は私の涙をハンカチで拭ってくれた。
「泣くな。化粧が落ちてしまう。」
「フフッ。あの時と同じですね。」
彼は私の顔を見つめて、ためらうように口を開いた。
「君は歌の返礼のことを覚えているか?」
「・・そういえば、ございましたね。私はまだアルフォンス様の欲しいものを伺えておりません。」
一回目は私がそれを聞く前に倒れてしまったし、二回目は私が元気になったら言うと、その場で聞けなかったのだ。それからすっかりそのことについて忘れてしまっていた。
「今、私の望みを伝えてもいいか?」
「今ですか?これから婚姻式ですが。何か関係がございますか?」
「そうだ。関係がある。」
「・・分かりました。お聞きします。」
彼は私の前に改めて跪き、立っている私に向かって手を伸ばした。
「私の望みは、君の隣に生涯添う権利だ。」
「・・・。」
「私と婚姻してください。フェリシア。」
「アルフォンス様。」
彼に会う前はいつまで生きられるか分からなかった。ほぼ寝台で日々を過ごし、目を閉じる度に、私は次、目が覚めるのか不安になった。
彼はそんな私の日常に差し込んできた太陽だ。その綺麗な青い空に似た水色の髪を持つ彼は、私のあこがれだった。そんな彼が私の側に一生いてくれると言う。
これ以上の幸せがどこにあるのだろう。
「謹んでお受けいたします。」
私は差し伸べられた手を取った。
硬い顔をした彼に、安心していいよと笑ってみせる。
「大好きです。アルフォンス様。一生を共に過ごしましょう。」
その言葉を受けて、彼がこれ以上ないほど優しい笑みを浮かべた。




