天年と人女 後編 第二話 最後の治療
赤い瞳が私を見つめて、真剣な口調で告げる。
『そなたは間違えるな。アルフォンス。』
なぜ彼は今までに見たことのないような、泣きそうな顔をしているのか。
腕には最愛の姉を抱えているはずなのに。
重い瞼を開けると、目に金に近い山吹色の髪が映る。私の腕には、温かい彼女のぬくもりがある。腕の中の彼女は、規則正しい寝息をたてている。
全身に鈍い痛みがある。無理な体勢は取っていないはずだが、途中からの記憶が断片的だ。
今日は彼女の最後の治療の日で、明日は休みを取ることになっていたから、この館に泊まっていく話になっていた。まだ窓の外は暗い。彼女の肩に手を当てると、冷やりとして滑らかな感触があった。寒くて目が覚めてしまったのか。
私は、はだけていた上掛けを取ると、2人の体を覆うようにかけ直した。
彼女の身体の温かさが伝わって、私の眠気を誘う。私は目の前の髪を撫でた。
彼女は3月後に成人する。私たちは最後の一線は超えていない。最後の一線は。
でもなし崩し的に、私たちの治療の後に行われる行為は、思い人同士が行う営みに変わっていった。治療が終わった後、私たちは深く口づけを交わし、お互いの素肌に手を伸ばすようになっていた。
元々、人払いはされているから、いくら音や声が発生しても、何の問題もない。それが余計私たちの行動を加速させることになった。
今日はこれが最後だと思って、お互いにやり過ぎた。3月には彼女が成人するから、今抱えている最後の箍も外してしまうことができるはずだ。
フェリシアの兄、エルキュールには指摘されそうだとも思っていたが、実際フェリシアは健康になっているし、私たちも既に婚約しているしと、目を瞑ってくれているらしい。
「・・アルフォンス様?」
腕の中で寝息をたてていたはずの彼女が、その青い瞳で私の顔を見つめている。
「まだ夜は明けていない。」
「そうですね。」
彼女は私の胸にその頬をこすりつけた。彼女の髪の感触がくすぐったく感じる。
「明日お別れしたら、今度お会いするのはいつになりますか?」
「もう君の誕生日に行われる婚姻式まで会えないのではないか?治療は終わってしまったから。」
「まだ、終わったことを兄様に言わないでおくことはできませんか?」
彼女の可愛い頼み事は叶えてあげたいが、それは無理だ。
「もう、事前に伝えてしまったから無理だな。」
「・・そしたら、2月は会えませんね。」
彼女が残念そうにつぶやく。彼女は冬生まれだ。成人の儀の1月前に16歳の誕生日が来る。そして、その誕生日の日に、私との婚姻式が行われることになっている。
「2月などあっという間に過ぎると思う。」
「そうなんですけど。今までも1月に一回は会っていたではないですか。寂しいです。」
「フェリシア・・。」
私が彼女の顔を上向かせると、彼女は瞼を伏せる。私は伏せた瞼に唇を寄せた。
彼女の腕が私の腰に絡みつく。お願いだから煽らないでほしい。箍が外れてしまう。
「アルフォンス様。婚姻したら一緒に暮らせますね。」
今から楽しみです。と彼女がはにかんだ。
「!」
その笑顔の可愛らしさと悪辣さに、私は頭に手を当て、大きく頭を振った。




