天年と人女 後編 第一話 残された剣
私とテオファーヌは、棋獣を操って、境界転移陣の宿直所に戻った。
境界転移陣は、隣領に移動するのに使用するため、境界に張られている転移陣だ。しかも、領の境界付近に張られている転移陣からは、隣領には移動できない。隣領に移動するには、直営地にある転移陣を使うしかない。直営地にある転移陣から、領の境界付近にある転移陣への一方通行なのだ。これは隣領から直接直営地に踏み込ませないよう、防衛のためにとられた手段である。
境界転移陣の近くには、通行手形を確認している騎士の宿直所が設置されている。
私たちは、本日から明日にかけて、この宿直所での不寝番警護の担当だった。
宿直所にいた騎士が、戻ってきた私たちに声をかける。
「魔獣に襲われたという人は、助けられたのか?」
「それが、行った時には魔獣は倒されていて、人影はなかったのだ。」
私の言葉に、騎士は首を傾げた。
「その襲われた人が、自分で魔獣を倒したのか?」
普通の領民が、魔獣を倒すことなど可能なのか?と彼は言葉を続けた。
通常は無理だ。今は日が落ちてしまっているし、魔獣の動きが活発になる時間帯だ。
今日の夕刻、直営地に向かっていた旅商人が戻ってきて、馬車で半刻(1時間)ほど進んだところで、魔物に人が襲われるのを見たと言ってきた。領民を救うため、私とテオファーヌは、棋獣で現場に向かった。
そして、旅商人がつけた目印を手掛かりに、森の中に分け入った。
森の中を進んでいくと、魔獣が討伐されて、山になって積み重ねられていた。剣による切り傷が見てとれた。さらに先に進むと、一部雪が解けて地面が見えている部分があった。なぜかその中央に長剣が転がっていた。
その長剣で、魔獣を倒したものと思われたが、倒した当人はどこにもいなかった。そして、その魔物に襲われたらしき人の影も。
私は手に持った長剣を、光に照らして眺める。転がっていた長剣を持ち帰ってきたのだ。
先ほどまで使っていたらしき痕跡はあるが、はっきりした血痕などがついていない。
そして、やはりこの剣は、騎士団で使っている剣ではなかった。
柄の部分に、鳥の羽を模したかのような文様が入っている。羽?まさか。
・・この剣は、私があちらで使っていた剣に酷似している。
使っていたのは量産品で、純血統種がまだ使えるものを捨てていたので、拾ってきたものだった。純血統種ではない天仕-はぐれは、簡単に剣など入手できなかったからだ。
純血統種が使っていた剣には、一様にこの天仕の羽を模した文様が入っていた。
これは、天仕の純血統種が使っていたものか?
だとしたら、あの場には天仕の純血統種がいた?なぜ?何用で?
私は大きく頭を振った。考えてみてもどうしようもない。
「アルフォンス。」
呼び掛けられた声に振り返る。テオファーヌが腕の中で赤子をあやしながら、近づいてくる。
「先に休憩を取ってもいいか?カミュスヤーナの面倒を見ておきたいのだ。」
私は、彼の様子に苦笑して答えた。
「なぜ、この宿直所に子どもなど連れてきたんだ?ミルクやおしめの替えなどはあるのだろうな?」
「どうだったかな・・。なかったら、一度家に帰って取ってきてもいいか?」
「もう、境界転移陣を通る者もいないだろうから、明日の朝また来るでもいいぞ。棋獣なら、赤子と一緒でも心配ないだろう?」
「もしかしたら、その言葉に甘えるかもしれない。本当にすまない。」
テオファーヌは、そのまま部屋の奥に進んでいく。
「テオファーヌが子どもを連れてきたのか?」
「そうなのだよ。可愛くて仕方ないらしいが、ここに連れてこなくてもいいのにな。」
そう応えると、相手の騎士がまたしても首を傾げた。
「テオファーヌに子どもなんていたのか?」
「何言っているのだ。カミュスヤーナと言うのだ。赤い瞳に、プラチナブロンドの髪の・・。」
私の言葉が段々と小さくなっていく。
赤い瞳に、プラチナブロンドの髪?テオファーヌの色を全く引き継いでいないではないか。
基本、産まれてきた子どもは、親の瞳の色、髪の色、いずれかを引き継いでいる。テオファーヌは、深緑色の髪、黄緑色の瞳だ。何一つ同じではない。
何かがおかしいと私に告げている。
私たちが出て行った時、赤子など連れていたか?
本当にあの場には誰もいなかったか?
私は、あの赤い瞳をカミュスヤーナ以外に見なかったか?
どれほど自問自答しても、もちろん答えは出なかった。




