天女と魔年 後編 第十六話 転移
足を踏み入れた部屋の中に現れているのは、大きな青い扉。
私はそれを見て、唇を噛み締める。
眠り込んだエンダーンを、リシテキアの元に連れて行った侍女が、血相を変えて、私の元に戻ってきた。
リシテキアの自室には、大きな青い扉が現れており、リシテキアも、カミュスヤーナも姿がないという。
侍女の言葉を受けて、確認しに来た私が見たものは、この大きな青い扉だった。
転移陣だ。ここと人間が住む地をつなぐ転移陣。以前、私がリシテキアに渡し、彼女がこちらに戻ってくるのに使ったもの。
私は彼女に、こちらに戻ってこられたら、彼女の弟であるアルフォンスに処分を依頼しておくように言った。彼女が伝え損ねたのか、アルフォンスが処分せずに敷いたままにしていたのだろう。そのため、こちらで転移陣を敷いて、彼女が魔力を流したら、容易に転移陣が起動した状態になったのだ。こちらで使った転移陣の布も、侍女に処分するようには言っていなかった。彼女はどこにあるか知っていたのだろう。
そして、今ここにいないリシテキアとカミュスヤーナは、あちらに転移したのだ。
彼女は私の元から去る気なのか?やはり、私のことを厭うていたのだろうか?
彼女がいなくなれば、早々にまた私の病は再発し、また防護室にこもる日々が続くだろう。それにあの時と違って、彼女は私の元には戻らないかもしれない。彼女がいない世界で、私は生きていくつもりはない。
彼女が私の元から去るのを望んでも、今の私には彼女を手放すつもりはない。
以前、私は彼女の嫌がることはしないといった口で、まったく反対のことを口走る私の何と傲慢なことよ。
「リシテキアを連れ戻す。ヴェルナーに外出するのに必要な一式を用意させ、こちらに来るよう申し付けよ。」
私は一旦青い扉に背を向けると、ついてきていた侍女に声をかける。
「エンダーン様はいかがいたしますか?」
「そのまま寝かせておけ。術で寝かせているから、しばらくは起きないであろう。」
侍女は空中を見つめながら、部屋を出ていった。
館の魔人たちは、右の小指に身に着けている魔道具で、やり取りが可能だ。頭の中で相手を思い浮かべて思念を飛ばすことができる。
私は自分の左の薬指に嵌った装身具に、手を這わせた。
彼女に渡している装身具と対になった魔道具だ。本人目掛けて放たれた魔術や攻撃から身を守る結界付与の効果と、位置特定の効果を付与している。
これによって、彼女の現在地は特定できるはずだ。転移陣をくぐったら、そのまま彼女を迎えに行けばいい。その時に彼女の言い分を聞くしかないだろう。
もし、その時に私と別れたいと言われたら、私はどうすればいいのだろう。
私は部屋の中央に現れている転移陣の扉を見つめた。
もう、彼女たちが転移陣をくぐってから、ある程度時間は経っているはずだ。こちらに戻ってくるつもりがないのであれば、向こうの転移陣を閉じてしまえば、この青い扉は消えてしまい戻れなくなる。
まだ、この扉が顕現したままになっているということは、彼女はここに戻ってくるつもりがあると信じたい。単純に向こうの転移陣を閉じ忘れている可能性も否めないが。
まだ、体調も万全ではないのに、無理をするな。何かあれば、私を頼ってくれて構わないのに。
『久しぶりに話をしましょう?』
『ほんの少しのお時間で構わないのです。』
彼女の言葉が脳裏をかすめる。・・・私がその相談する機会も奪ってきたのか。
「最悪だ。」
私は目をぎゅっと瞑って、吐き捨てた。




