天女と魔年 後編 第八話 求婚1
「リシテキア。私と結婚してくれないか?君が私の側にいる限り、全ての害悪から君を守ろう。私の持てうる全ての力を使って。」
私の目の前で、手を差し伸べて彼が言った。
私は瞳が涙でにじむのを感じながら、彼の手を取る。
私が彼に対して付けた条件は、2つだった。
一つは、結婚は彼からの求婚を受けてしたいこと。
もう一つは、彼とのそういう行為は、結婚してから行うこと。
自分でもつまらないことだとは思ったし、そもそも魔人は結婚をすることもあまりないそうなので、一笑に付されてもおかしくないと思っていた。でも、彼は私が出した条件を笑うことなく、しかも、その条件を述べてから、しばらく、彼はそれに対する準備をすると言って、私と会おうとしなかった。夜ももちろん一緒に寝てくれない。
私は初日で、条件を付けたことを後悔した。特に、夜寝る時の寝具の冷たさが辛かった。彼の腕の中で眠った多幸感を味わってしまったから、よけい堪えた。
でも、私から言い出したことに、彼は応えようとしてくれているのだから、待つしかない。できるだけ、この一人の期間が短くなるようにと願いながら、私は彼からの呼びかけを待った。
それから数日がたち、私は彼に呼び出された。
「リシテキア。今日から2人で一週間、外出する。」
顔を上げて見た彼の顔色は、また悪くなってしまっていた。私が軽く顔をしかめると、彼は口の端を引きつらせる。私は息を整えて、彼に問うた。
「外出する?どこに?」
「それは行ってから案内しよう。棋獣に乗るから、衣服を整えてくるように。」
私がこの館に来てから、一週間も外出したことはなかった。このユグレイティの地から出るつもりなのだろうか?
私はクラーラが準備してくれていた衣服を着て、髪も邪魔にならないよう軽くまとめておいた。衣服は狩りをする時の服に似ていた。上下服で、腰には回復薬などを下げられる革製の帯が付いている。
持っていく荷物などがあるかクラーラに尋ねたところ、既にこれから行くところに必要なものは運んであると答えた。替えの衣服や食材なども運んであるらしい。クラーラにそこに、行ったことがあるのかを聞いたところ、今回は荷物を準備しただけで、行ったことはないと返されてしまった。事前の情報収集は無理なようだ。
準備されていた棋獣は、以前にも乗ったことがある大型の狼だった。ということは、ユグレイティの地から離れたところではないようだ。前をマクシミリアンが進み、私はその後を追っていく。外出したことはあまり多くはないが、今までに通ったことのない道を進んでいると思われた。
「着いた。棋獣はそこにつないでくれ。」
半刻(1時間)くらい進んだところの、白亜の建物のところで、彼は棋獣を止めた。私は棋獣から降りて、手綱を握ったまま、建物を見上げる。
「初めて見る建物ね。」
「君がいなくなってから建てたものだからな。」
私は隣に立った彼を見上げる。彼は私の視線にニコリとほほ笑んだ。私から手綱を取り上げると、彼が乗ってきた棋獣の隣に止めた。
「どうしてこの建物を建てたの?」
「別宅みたいなものかな。できるだけ、一人で過ごせるところが欲しかったのだ。」
一人で過ごすところが欲しいからと言って、建物を建ててしまうところが、魔王らしい。
「それより、その顔色は何?また、悪くなっているじゃない。」
「・・君も人のことは言えないが。顔が白くて、血の気がない。」
彼は軽く身をかがめると、私の頬に手を当てた。なんだろう。久々に近づかれると、動悸が激しくなる。
「あまり眠れなかったのよ。一人だと。」
「それは奇遇だな。私もだ。今日からはゆっくり眠れるな。」
彼は私の頭を撫でて、身体を離した。
「館の中を案内しよう。本邸よりは広くないから、すぐに回れる。」
彼は私の背中に手を当てると、私を促して、館の中に入っていく。館の中は、本当に私が以前住んでいた家のように、必要最低限のものであるようだった。
一番素晴らしいのは、その窓からの眺めだった。
館は崖の上に立っているのだ。その下には海岸がある。ちゃんと白い砂浜もあり、波も穏やかで、季節によっては泳ぐこともできるかもしれないと思わせた。
「とても綺麗ね。後で、あの砂浜にも降りてみたいわ。」
「今日は天気がいいから。夕方にも夜にも行った方がいいと思う。」
「そんなに何度も?」
「時間はたくさんあるから問題はない。一度着替えて、砂浜に向かうか?」
彼の申し出に私は大きく頷いた。




