天女と魔年 後編 第四話 請願
地下室だというのに、その部屋は空気がこもっている様子もなく、どこからか光が差し込んでいて、一見すると地下室とは思えなかった。でも、窓もなく、家具等も一切配置されていなかった。
部屋の右隅に、マクシミリアンが蹲っている。顔は俯いており、私が入っても顔を向けなかったから、寝ているのか、それともそんな力も残っていないのか。
私は彼の元に恐る恐る近づいて、彼の前に膝をついて座り込んだ。
顔を覗き込むと、乱れた金色の前髪の下にある瞼は閉じられていた。
身体のあちこちに搔きむしったような跡がある。近づくと汗交じりの体臭が鼻を衝く。
彼は以前会った時より確実に成長していた。手足も伸びていたし、体つきがよりがっしりとしている。顔立ちはそれほど変わっていないが、今はとにかく顔色の悪さが目についた。たしか齢は23のはずだが、私と同年齢かその少し上にしか見えないのは、以前と同じだ。
なぜ、ここまで一人で耐えてしまうのだろう。
私は彼をおいて、ここを離れてはいけなかったのだろうか。
「マクシミリアン。」
それほど大きな声を出したつもりはなかったが、私が彼の名を呼ぶと、彼の瞼がゆるゆると持ち上がり、赤い瞳が私を見つめた。
「リシテキア・・。」
彼は私の名を呼ぶと、諦めたような笑みを浮かべた。
「とうとう幻覚まで見るようになったか。」
彼の言葉に私が息を呑んでいると、彼はそのまま言葉を続ける。
「リシテキア。お願いだ。私を殺してくれないか。」
「!」
彼の言葉に私は強く自分の唇をかむ。
「もうこれ以上、君のいない世界で生きていくのは・・耐えられない。」
彼の赤い瞳に涙がにじんだ。
「自分で死ぬことは止められてしまったが、・・君に命を取られるなら許されるだろう?」
私は、死にたい。彼は目の前の私に対して、それを望む。
ここまで、弱々しい彼を見たのは初めてだった。彼も私が幻覚だと思っていて、かつ、病のせいで身体の力は入らないのだろう。だから、私に対してこのようなことが言えるし、乞える。通常なら、私に対してある程度は取り繕うはずだ。ましてや、弱みなど見せないに違いない。私の身体はすぅっと冷えていった。噛みしめている唇や、握りしめて爪が掌に刺さっている感覚が鈍く私の頭に響く。
私はもうそれ以上彼の言葉を聞いていることが、彼の姿を見ていることができなくて、彼の方に身を乗り出し、彼の唇に自分のそれを重ねた。口をわずかに開いて、魔力を流し込む。
歯に何か皮のようなものが当たる。舌でたどると、それは彼の歯全体を覆っているようだ。きっと、口の中や舌を噛まないように保護しているものなのだろう。私はそれをずらしてしまわないように注意しながら、彼の表情を伺いつつ、魔力を流し続ける。
私が口づけた瞬間に、彼の目は大きく見開かれた。
その内、私を見ていた彼の赤い瞳に光が戻り、ゆるゆるとにじんでいく。目元から頬にかけてが、赤く色づいていくのが見えた。すきっ腹にお酒を飲んでいるようなものだけど、大丈夫だろうかと思いつつ、私は魔力を流すのを止めなかった。
身体から力が抜ける。きっと、魔力を与えたからその反動だ。
私は彼の肩に自分の腕を載せて、後頭部を腕の中に抱え込んで、瞼を閉じた。落ちそうになっている身体は、彼の腕が背中に回って支えてくれる。
私の身体を支えるくらいは、力が戻ってきたかと思うと嬉しくなった。




