天女と魔年 後編 第三話 満月
「病が発症すると分かっていたら、私を呼び戻してくれればよかったのに。」
「私も、マクシミリアン様にそのように進言したのですが、リシテキア様との連絡手段は時間がなく用意できなかったから、連絡できないと言われてしまいました。」
「絶対、嘘。」
彼は私のことを家族の元に帰すつもりだった。私がいつかいなくなることは分かっていたはず。私にお守りや転移陣を渡したくらいだから。連絡手段も準備できたはずだ。それとも・・。
私は左手の薬指に嵌った、お守りと言われ渡された装身具を見やる。
これに通信機のような機能がついているのかしら?でも、向こうにいた時、彼に呼び掛けられたことは一度もなかった。あえて、呼び掛けなかったのかもしれない。
アシンメトリコは、私の反応を見て苦笑した。
「私もそうは思ったのですが、マクシミリアン様に異議は挟めませんので。」
「なぜ、素直に助けを求めないのかしら。あの人は。」
「そう言えるのは、リシテキア様だけかと思われます。」
アシンメトリコは、軽く右腕を広げた。
「マクシミリアンの体調は問題ないのですか?」
私の問いかけに、アシンメトリコは、顎に手を当てて考えるしぐさを見せる。
「最近は常に睡眠不足のようです。よく眠れていないようで。時々薬を飲んでいらっしゃいます。自分自身に催眠の術はかけられませんので。防護室にいる間は、飲食もされませんが、衝動が収まると自分で部屋から出てこられ、身支度を調えられるとすぐ仕事をされますね。」
彼の言い分に、私は口を開けた。
「まったく、休めていないわね。」
「眠りにつけても悪夢を見ることが多いそうで、あまり寝台に入りたくないようです。」
これは、会ったら説教ものの内容だ。私は口を引き結んだ。
アシンメトリコは、クラーラが用意したお茶を飲むと、私の方を見つめながら口を開く。
「マクシミリアン様にお会いになりますか?」
「会えるのですか?」
「まだ病の症状は治まっていないと思いますが、リシテキア様を害することはないでしょう。できれば、病を治していただけると助かります。物は持ち込めません。それを使って、マクシミリアン様が自害されてしまうと困りますので。」
「分かりました。会います。」
「後ほどお迎えにあがります。身支度のためにクラーラを呼びますね。」
「待って。アシンメトリコ。」
席を立ったアシンメトリコを引き留めると、彼は軽く首を傾げて、また椅子に座り直した。
「どうされましたか?」
「マクシミリアンは・・私のことをどう言っていましたか?」
「リシテキア様のことをですか?マクシミリアン様は、貴方様は家族の元に帰っているが、その内戻ってくると言っていたと、教えてくださいましたが。」
私は聞きたいのは、そういうことではない。私が軽く頭を横に振ると、彼は口を閉じて、少し考えるように目を伏せた。
「口には出されませんでしたが、貴方様がいなくなって、一番後悔されたのはマクシミリアン様だと思われます。」
彼の言葉に、私は顔を上げた。彼は私の顔を見て微笑んだ。先ほどの薄い笑みではなく、同じ者を心配する者同士に向ける優しい笑みだった。
「眠りが浅くなったのと、夜に月を見て過ごすことが増えました。」
「月・・ですか?」
「はい。月です。特に満月ですね。貴方様の瞳にそっくりの。」
私が自分の口を手で覆うのを見て、彼はその笑みを深くした。
「早く、お会いになってあげてください。リシテキア様。」
アシンメトリコに案内されたのは、館の地下室だった。地下室の一室に防音と魔術発動禁止の結界を張っているそうだ。
私は腰につけていた回復薬類は外し、寝間着のみ着ている。靴も室内履きで、固い素材ではない。
ここにとどまっている間は、彼は飲食をしない。食べ物で喉を詰まらせての窒息死。また、飲み物が入っている器を割って、自分を傷つけるなどの恐れを排除するためらしい。
どこまでも徹底しているが、逆に衰弱死や餓死などの心配はないのだろうか?でも、その分を彼の豊富な魔力が補っていくのか。。死んでもいいと薄々思っているのかもしれない。
私は、自分の腕をさすった。寒気がする。もう少し温かい生地の服にしてもらったほうがよかったのかも。
私の前を歩いていたアシンメトリコが足を止め、私の方を振り返った。
「私たちはこの奥に進むことは許されていません。ここから先はお一人で進んでください。」
アシンメトリコは私に向かって、礼をする。
「マクシミリアン様をよろしくお願いいたします。」
「力を尽くすわ。」
私はアシンメトリコに向かって大きく頷いた。




