天女と魔年 後編 第二話 帰還
青い扉を潜った先にあったのは、見覚えのある部屋だった。
部屋の中は小まめに掃除されているようで、埃がたまっていたりすることもない。
窓が開けられており、そこから心地いい風が吹き込んで、窓にかけられたカーテンを巻き上げていた。こちらは晴れているらしく、弟の髪の色に似た水色の空が見えた。
どうやって、戻ったことを知らせればいいかしら?
部屋の中を見回すと、扉の近くに呼び鈴が置いてあるのに気づいた。
前はここに置いてなかったはず。。私が戻ってきた時に使うように置いてくれたのだろうか?
呼び鈴を手に持って、軽く振ってみる。澄んだ音が響いた後、それに呼応するように扉をノックする音がした。
「!はいっ。」
すぐ横で音がしたことに驚きながら応えると、扉が開き、えんじ色の髪に黄色の瞳の女性がこちらを見つめ、軽く上体をかがめて礼を取った。
「ようこそお戻りくださいました。リシテキア様。」
「クラーラ・・。」
私がこの館に滞在していた時に、私のお世話をしてくれた侍女だ。
あの頃と変わらない様子に、私は少し安堵する。
「湯浴みかお食事をされますか?」
彼女は、2年半ぶりであることを感じさせないそぶりで、私に問いかけた。だが、私が知りたいのは、まず彼の現在の状況だ。
「それより、マクシミリアンは・・。」
「マクシミリアン様は、只今防護室にいらっしゃいます。」
「防護室。」
彼が生きていることにほっとしたが、防護室とは、聞いたことのない言葉だ。私は聞きなれない言葉を繰り返しただけだったが、クラーラは意を酌んで、防護室がなんであるかを教えてくれる。
「防護室はマクシミリアン様の病が発症した時に、お籠りになるお部屋です。症状が治まるまでは外に出てこられません。」
「発症。。」
私は先ほどから、クラーラの言葉の一部を繰り返すことしかできていない。
彼は、病を抑えるものに関し、心当たりがあると言っていたのに、また病が再発している?その手段が取れなかったのだろうか?たしか、病が発症した時は、自傷衝動が治まるまで、何もない空間に閉じこもるようにしていたと、彼は説明していた。きっと、防護室というのが、その何もない空間のことを指しているのだろう。
「マクシミリアンは防護室に入ってから、どのくらい経っているの?」
「たしか、今回はまだ1週間くらいかと。ご説明しますので、少々お待ちください。」
クラーラは部屋の中央に置かれていた転移陣の布を折りたたむと、洋服棚の中にしまった。部屋の端に追いやられていたテーブルと椅子を設置する。
一連の作業が淀みなく行われ、私はそれが行われるのを見ていることしかできなかった。それでも何か焦りのようなものが背中をチリチリと刺してくる。
彼女は、その後一度部屋を出たかと思うと、お茶の用意をして戻ってきた。
そして、戻ってきた時には、彼の宰相であるアシンメトリコを連れていた。
「リシテキア様。ご無沙汰しております。」
髪の色は深い赤、瞳は黄緑色。目立つ色をしたアシンメトリコは、私に向かって一礼した。宰相は、魔王の補佐を行う役職に当たるらしい。マクシミリアンが魔王として行動する時は、必ず彼が付き添っていた。この館に滞在していた時は、彼からマクシミリアンのことについて、いろいろ教えてもらったのを思い出す。
アシンメトリコの振舞いにも、私が戻ってきたことによる戸惑いなどは感じられない。最後に会ってから2年半たっているのに、彼の様子も以前と全く変わらなかった。
「私がいない間のことをお聞きしたいのだけど。」
私の言葉に、彼はコクリと頷き、私に向かって低い声を発した。
「マクシミリアン様は今も魔王として務められています。病もそれに効く果実を見つけ、しばらくは発症していなかったのですが、リシテキア様がいなくなられて1年をすぎたころに、自生していた果実を採りつくしてしまいました。その前から館の庭で栽培しようとしていたのですが、それも根付きませんでした。」
マクシミリアンが言っていた、病を抑えるものが、その果実だったのだろう。
「その内、病が発症し、かつ発症してから症状が治まるまでが長くなっていきました。前回は治まるまでに2週間かかっています。正直このままリシテキア様が戻らなかったら、魔王は続けていけないので、次期魔王を探す話も出ていました。」
アシンメトリコは私を見て、薄く笑った。
何となく、私が戻ってくるのが遅いと、暗に言われているような気にもなった。確かに遅かったのだが。




