天年と人女 前編 第十七話 音響室
音響室の扉が開き、山吹色の髪、青い瞳の少女が入ってくる。
彼女は私の姿を見ると、はじけるように微笑んだ。
「アルフォンス様。よく音響室に入れましたね。」
「許可はちゃんと得ている。問題ない。」
私は、腰かけていた椅子から立ち上がり、歩いてくる彼女を出迎えた。
彼女は、私の元に来ると、ぎゅっと私の腰に抱き着いてきた。
「お久しぶりです。アルフォンス様。」
「身体の方は問題ないか?」
「ええ、変わりありません。」
フェリシアの山吹色の髪を撫でてやると、彼女は私の胸に頬をこすりつけてきた。
「でも、院の中まで迎えに来て下さるなんて、珍しいですね?」
フェリシアが私の腕の中から見上げてくる。
「今日は、エステル先生に姉が旅立ったことを報告しに来たのだ。」
「そうですか。リシテキア様は無事エステンダッシュ領を出られたのですね。」
転移陣を使って、姉が向こうに行ってから数日たっているが、こちらに転移陣を使って戻ってくる様子はないから、多分向こうで彼に会えたのだろう。
「アルフォンス様は寂しくはありませんか?」
「家族として離れるのは寂しいが、それだけの話だ。」
「寂しいのは君の方ではないか?」
私の言葉に彼女の身体がピクリと動く。
「エルキュールは間もなく結婚するのだろう?」
彼女の兄エルキュールは、院にいた時から婚約していたシャルリーヌと近々婚姻することになっている。婚約者のシャルリーヌには、私もエルキュールに紹介されて会っている。とても穏やかな感じの美女だった。間もなく、エルキュールが18歳になる。シャルリーヌは私たちと同い年なので、エルキュールが18歳になったら、婚姻式を行う予定になっている。
「もう、分かっていたことですから。それに今は貴方が私を慰めてくださるでしょう?」
もう、婚約者ですし。と彼女は言葉を続けた。
私の院の卒業を受けて、私とフェリシアは婚約した。
結局、私が院を卒業するまでに、フェリシアの治療は終わらなかった。1回の治療で、命をほんの少ししか分け与えることができなかったためだ。お互いの負担が大きいということと、命を与えるのは魔力と違って、とても干渉が大きく、一度に済ませることはとてもできなかった。
騎士になってしまうと、何かしら関係がないと、私とフェリシアが会う機会が持てない。
私は、改めてエルキュール経由で婚約の申し出をし、今回は受理された。
以前よりは、フェリシアも健康になってきており、寝込むことは減っている。
治療は、月に一度数時間行っている。今日は、私の騎士の仕事が休みで、彼女の治療の日だ。
「アルフォンス様。もう少し会う頻度を増やしていただきたいです。」
彼女が私の腕の中で抗議する。確かに婚約者同士が月に一度しか会わないというのは、良くないだろうということは自覚している。
「君が成人したら頻度を増やすと言ったであろう?」
「まだ、2年もあるではないですか!」
胸を叩かれても全く痛くないのだが。。私は苦笑する。
治療を行っている中で、私は自分の中の欲を自覚した。
彼女を好きだという気持ちは、やはり私の中にあると思う。
時々これは治療でなく、恋人としての営みではないかと錯覚してしまいそうになる。彼女が、口づけする時に見せる表情が、私の欲に火をつける。でも、彼女は成人していない。婚約したとはいえ、これより先に進んではならないのだ。
私は自分の欲を制御するために、彼女に会う頻度を減らしている。
「代わりに今日は歌を聞かせるから。」
「本当ですか!」
彼女は喜色満面にあふれる。歌ったのは、もらったお菓子に関する返礼以来のことだろう。私は椅子を横に2つ並べて、片方に座るよう彼女に言った。
私はもう片方の椅子に座って、彼女と向かい合う。
すうっと息を吸い込むと、私は彼女に語り掛けるように歌を紡いでいく。
今回の歌は、思い人に対して、その恋情を語る、恋歌だ。
歌が終わると、彼女は赤くなった自分の頬を、自分の手で包み込んだ。満足げに息を吐く。
「やはり、アルフォンス様のお歌は素晴らしいです。」
「気に入ってくれたなら、何よりだ。今回の歌は家族にも聞かせたことはない。」
「他の方には歌わないでくださいませ。妬ましく思ってしまいますから。」
そう言ってのける彼女が可愛くて、私は彼女の前髪をかき分けると、その額に自分の唇で触れる。
唇が離れると、彼女は額を手で覆って、頬を膨らませた。
「こういうことを流れるように行ってしまう貴方様が、誰かに取られてしまわないか不安でなりません。」
「私は他人に簡単に靡いたりはしない。だから、安心してくれ。」
「信頼はしていますが、そう簡単に不安がなくなるわけではないのです。」
彼女の方を見ると、本当に不安そうな顔をしている。やはり側にいないと不安になるものだろうか。
「フェリシア。そろそろ帰ろう。治療の時間がなくなる。」
「今日は泊まっていってはくださらないのですか?」
「・・明日から境界転移陣での警護だ。朝早く出ないとならない。」
「!」
「その代わり夕食は一緒にする。君が眠るまで一緒にいる。」
泣きそうに顔を歪めたフェリシアに対し、慌てて言葉を付け加える。
「添い寝もしていただけますか?」
「・・エルキュールの許可が下りれば。」
途端に彼女の機嫌が上向いた。彼女は寝る時に私のぬくもりを欲しがることが多い。私としては、一緒に寝入ってしまわないよう、気を張らないといけないのがつらいところだ。
「では、アルフォンス様。帰りましょう。」
彼女が立ち上がって、私に手を差し伸べる。私はその手をつかみながら、彼女の隣に立ち上がる。彼女は私の顔を見て、ニッコリと微笑む。その笑顔は以前、私の目を何度も捕らえて離さなかったものだ。それをこんなに近くで見ることができる立場にいるのだから、私がしてきたことは間違ってはいなかったのだろう。
私は彼女と繋いだ手に力を込めた。




