天年と人女 前編 第十五話 治療初回
結局のところ、私はアルフォンス様が提示した治療を望み、日時や周囲を調整した上で、初回の治療日と相成った。
どのくらい時間がかかるか、お互いにどのくらい負担があるのかなど、実際に行ってみないと分からない不確定な要素が多いらしい。院で試験後の長期休暇の時に行われることとなった。
治療中は、寝台の入った部屋で、2人で過ごすことが決まり、飲み物と簡易食、薬を用意し、寝室につながった部屋より中に、私とアルフォンス様以外は立入らないことが決まっている。治療内容が外聞的にはよろしくないこともあって、お兄様がそのように手配した。徹底的に人は排除されている。
私のかかりつけ医であるリシテキア様も、治療には同席しないとのことだった。アルフォンス様と事前に治療内容に関しては、打ち合わせてあるから大丈夫、と太鼓判を押されている。実際いつ終わるか分からない治療に、ただ待機していただくのがためらわれたのだろう。
そして、私たちは部屋の中で、無言のまま寝台の向かい合う縁に腰かけている。
2人とも着ているのは寝間着に近い、飾り気のない服だ。治療中または治療後、負担がかかってもすぐに寝られるようにとの配慮だった。私がこのような姿を彼に見られるのは恥ずかしかったが、彼のいつもと違う姿を見られるのは新鮮ではあった。
アルフォンス様はいつも以上に口数が少ない。私と同様緊張でもしているのだろうか。彼であれば、そのようなことはなさそうではあるが。
「あの・・。」
私は思い切って彼に声をかける。
彼が私の方を見つめる。水色のサラサラとした髪が揺れ、金色の瞳が私にひたと当てられた。2人の間には寝台の幅の距離がある。
「ひとまず、向かい合ってみませんか?」
「そうだな。」
彼は、寝台の上に床に座るように腰を下ろした。私も彼の正面に座る。彼の顔には何の表情も現れていなかった。私は口を引き結んだ。
「軽くこれからすることを説明していいか?」
突然彼が口を開いたので、私は慌てて返事をする。
「は、はいっ。」
「私はこの後そこにある薬を口に含む。」
彼が指し示した寝台の横にある卓には、緑色の液体の入った試験管が準備してある。その液体が、聞いていた治療薬だろう。
「口の中で薬の効果を促進する。その後、君に口づけて、その薬を流し込む。だから、唇が重なったら、唇を少し開けてほしい。でないと、薬が流し込めない。」
「はい。。」
「で、その後お互いの舌を絡めて。」
「!」
「絡めた舌から魔力を送り込む。」
彼は淡々と説明しているが、口移しで薬をもらうことより先は初耳だ。
「あの、口移しで薬をもらうことは聞いていたのですが、その先のことは伺っていません。。そ、それは必要なことなのですか。。」
自然とか細くなってしまった声で、私は問いかけた。
私の問いかけに、彼は顔色も変えずに答える。
「むしろ、薬よりもそちらの方が重要なのだが。診察時に身体が温かくなったのは、私が魔力を少し与えたから、それによって身体の活動が高まったためだ。それよりも大量に魔力を送り込むから、粘膜同士が合わさらないとうまくいかないし、時間もかかる。」
「そうですか。。」
舌を絡める等、今までにしたことがない。そもそも口づけさえも初めてだ。私はうまく治療を受けられるのだろうか。
自分の顔が熱く感じられて、私は自分の頬に手を当てた。
「その間は鼻で息をしないと苦しいから気を付けて。」
彼がそう付け加えて告げる。自分はこれから行うことを考えると、鼓動が早くなって辛いのだが、彼を見る限り、そんな様子はみじんもない。これから行うことは大したことではないと思っているのだろうか?
私は素直に彼に問いかけてみることにする。
「アルフォンス様はこの治療を今まで行った経験はあるのですか?」
「いや、初めてだが。」
彼は、首を軽く横に振った。
「初めてだから、どのようになるか分からないし、どのくらいうまくいくかも分からない。どれだけ時間がかかるかどうかも。」
「虚弱を治すためですから、覚悟はできております。ですが・・。」
私は彼に向かって、そのまま思いのたけを口にしてしまった。
「アルフォンス様があまりに淡々としていて、慣れていらっしゃる様子があるので、やはりこれは治療なのだなと。」
私の言葉に、彼は動きを止めた。
「・・何を言っている?これは治療だろう?」
私は自分の口に手を当てる。私は何を口走ってしまっているのだろう。だが、彼がすんなりとこれは治療だと肯定したことに、当然だと思いながらも、なぜか心が重くなる。
「そうです。詮無きことを言ってしまいました。」
私はそう言って俯いた。彼の顔が見られない。
私は何を望んでいるのだろう。これは彼が言う通り治療なのに。
身体が軽く震える。私は自分の肩を自分で抱いた。
彼は何を思ったのか、私の方に自分の身体を近づけると、私の背中に腕を回した。
彼のぬくもりや鼓動を直に感じて、私の鼓動もさらに早くなった。こんなにドキドキしていたら、アルフォンス様に不審に思われてしまわないだろうか?でも、無理。
「アルフォンス様ぁ。」
緊張が一度緩んだのか、私の目尻から涙があふれて流れる。まだ、治療にすら入っていないのに、私は何をしているのか。
「何を心配している?」
彼は、私の耳元で問いかけた。思った以上に私の身体は彼にしっかりと抱き込まれているようだった。
「治療だと分かってはいるのです。でも、説明されたことをアルフォンス様のように淡々とこなすことができそうもなくて。。」
「誰だって、初めてすることは怖いし、緊張する。」
彼は、私の背中に回した手を、慰めるかのように軽く叩いた。
「私だって、緊張している。淡々とこなしているわけではない。」
「そのようには全く見えませんが。」
私の言葉に彼は頭を起こすと、私の顔を見て、フフッと笑った。彼の久しぶりに見た笑顔に、私は目を奪われた。
「そう取り繕っているだけだ。後はあまり考えないようにしている。」
「考えないように、ですか?」
「これは治療だと思い込まないと、心がもたないだろう。」
彼の言葉に、私はハッとしたように息を呑んだ。彼は、治療だと心から思っているわけではなく、治療が進まないから、あえてそう思い込もうとしているのか。
「私も、そう思い込めば、よろしいのですね?」
「難しいけれど、治療に慣れるまでは、そう思っていた方が、お互いのためにもいいと思う。」
落ち着いたか?と、彼は再度私の背中を軽く叩いた。
「することは都度指示を出すから、それに従ってくれればいい。さすがに、薬を口に含んでいる時は無理だけど。」
彼は、卓の上にあった試験管を手に取った。
「それに、治療が進んだら、ご褒美を出してもいい。君が望むことを叶えてあげよう。」
「本当ですか?」
私は先ほどまで泣いていたことも忘れて、顔を緩める。彼は私の顔をじっと見つめた後、ニッコリと微笑んだ。
「もちろん、治療が優先だが。」
「わかりました。約束しましたよ。その時は私の願いを叶えてくださいませ。」
「では、治療に入る。最初にすることは、口移しで薬を飲むことだ。目を閉じてくれ。フェリシア。」
私が目を伏せると、しばらくして、彼の顔が近づいてくるのを感じた。




