天女と魔年 閑話 依存
あれから、もう1年は経っただろうか。彼女が戻ってくる様子は今だない。
すぐに戻ってくるとは思っていなかった。彼女は家族に説明をすると言っていたが、天仕にとって、捕食者である魔人は忌避すべき存在だろう。魔人が住む地に、家族を送り込みたいと思うだろうか?私が逆の立場だったら、彼女を説得して止めるだろう。
でも、私は彼女が戻ってくるのを望んでいて、待ち焦がれている。
「マクシミリアン様。」
掛けられた声に意識を戻す。目の前では、宰相のアシンメトリコが報告をしている最中だった。アシンメトリコは前魔王オーレリアンが就けてくれた者で、髪の色は深い赤、瞳は黄緑色と、かなり目立つ色合いを持った魔人だ。宰相の業務に関しては、非の打ち所がなく、私も信頼をおいている。
「何だ?」
「ですから、もうサンザシアンが底をつきそうなのです。」
「・・さようか。」
サンザシアンは、ここユグレイティの地に自生していた植物だ。その果実をつぶして、果汁を飲むことで、私の病の発症が抑えられていた。元々自生していた数が少なく、一部を館の庭に移して、栽培できないか試していたのだが、残念ながら根付かなかった。
そして、自生していたものも少しずつ取崩し、とうとう全て狩りつくしてしまったというわけだ。
私はずっと病を抱えている。その病は、一週間周期で発症し、自傷衝動を引き起こす。なぜか、彼女の血や魔力を摂取すると、発病がなかったが、その薬となっていた彼女は、自分の家族の元に今は帰っている。彼女は戻ってくると言っていたが、それからは音沙汰がなく、1年が経過していた。
「もう、リシテキア様はお戻りになられないのですか?」
「さぁ、私にもわからぬ。連絡を取る手段もないからな。」
アシンメトリコは私の病をリシテキアが抑えていたことを知っている。そして、彼女が今は家族の元に帰り、本人はこちらに戻ってくると言っていたことは伝えた。
だが、戻ってくるというのは口約束だし、いつと明示はされていない。私は彼女が戻ってくるまでは、魔王として居続けたいとは思うが、サンザシアンが枯渇してしまっては、またあの部屋に閉じこもって、自傷衝動に耐える日々を過ごさなくてはならなくなる。
私はいつまで生きていられるだろうか。
「なぜ、連絡手段を確保なされなかったのですか?」
「それは・・。」
言いかけて口ごもる。連絡手段を設けたら、それを通じて「戻ってこない」と言われた時に、まったくの希望が持てなくなることを恐れたのかもしれない。それとも、彼女の声を聞くことで自分が弱くなることを恐れたのか。
「確保する時間がなかったのだ。彼女が帰ることは急に決まったから。」
本当は、彼女がここにいた時から、いつかはいなくなることは分かっていた。それから目を背けたのは私だ。
「部屋だけ再度整備しておけ。アシンメトリコ。そう遠くない内に再度使うことになるだろう。」
アシンメトリコは私の言葉に目を伏せる。アシンメトリコは私がその部屋を使っていた時、私の元にはいなかったが、叔父上であるオーレリアンから話は聞いているはずだ。詳しく話さなくても、彼はその意図をくみ取った。
しばらく発病していない病の程度が把握しにくい。よりひどくなっていることはあり得そうだ。魔力量も増えているし、身体も成長しているのだから。
私は大きく息を吐く。途端に軽い眩暈が私を襲う。
彼女と夜を共にしなくなって、眠りが浅くなった。うなされて目が覚めることも何度もある。その時に見るのは大抵彼女を目の前で失う夢なのだ。
私はあの2年間でどれだけ彼女に依存していたのか。身体も、心も。
「リシテキア・・。」
私は口の中で彼女の名を呼びながら、左手の薬指に嵌った装身具を撫でる。私の手の下で、装身具に着いた黄褐色の宝石が淡い光を放った。




