天年と人女 前編 第十話 夢の中
とても寒かった。私は真っ白な空間を歩いている。
足の下には雪の感触が感じられる。雪など踏んだこともないのに、なぜか私はそれが雪だと分かった。
雪は冬に窓越しに少しだけ見たことがある。ここエステンダッシュ領は、冬は普通に寒く、雪も降り、積もる。辺りは真っ白になるのだが、私は寒さに当てられると、動けなくなってしまうので、いつも暖かい部屋の寝台に寝ていることが多かった。
院にも冬は行った覚えがない。たぶん行くほどの力が私にはなかったのだろう。
服は厚手の生地の物を何枚も重ね着している。私自身は着た覚えがないのに、父や母や兄の服から連想しているのだろうか?
かなり着ぶくれしていると思うのに、それにしても寒い。どこかに暖かいところはないのだろうか?
見回してもどこも白くて、建物などの姿は見当たらない。それどころか何も見えない。
このまま歩き回ったら、力尽きて死んでしまうのではないだろうか。
私の虚弱さなら、死んでしまってもおかしくはない。
息を吐くと、目の前が白く曇った。
「~。」
私の耳に誰かの声が響く。とても微かだったけれど、確かに人の声だった。
他に頼るものがない私は、その声に向かって足を進める。
歩けば歩くほど、その声は少しずつ大きくなっている。つまり、私はその声の主に近づいているのだろう。でも、人の姿は全く見えないのだけど。
「どこにいるのですか・・。」
問いかけてみるけれど、相手には聞こえていないのか、返事は返ってこない。
私ははっきりその声が聞こえるところまで、何とか歩いた。そして、その声の主が分かった。歌を歌っていた。それは私が先ほど聞いて感動した歌。
「アルフォンス様!」
風が下から上に向かって吹き上げた。積もっていた雪が風に巻き上げられて白い羽根に変わる。雪の下には緑の草原があって、白い空間にどこまでも広がっていく。
羽根が舞い上がったほうに顔を上げると、その先では一人の少年が歌を歌っている。水色の髪が青空に溶け込んで、金色の瞳が日の光を受けて光っている。そして、彼の背中には大きな白い翼。
私が着ている服は、いつの間にか髪の色と同じ山吹色のワンピースに変わっていて、先ほどまで感じていた寒さはどこかに行ってしまっていた。
翼を持った少年は、歌を歌い終わると、私の元に降りてきた。羽があること以外は、彼はアルフォンス様その者だった。
「アルフォンス様・・ですか?」
私は首を傾げて問いかけた。
彼は笑って何も答えなかった。でも、私の前に両膝をつくと、私の身体を引き寄せて、強く抱きしめた。
ああ、温かい。その温かさに気が緩んで、私はボロボロと涙を零す。私は声をあげて泣いた。
目を開いたら金色の瞳が私を見降ろしていた。
「アルフォンス・・様。」
金色の瞳の持ち主は、その目を細めて言った。
「申し訳ありません。フェリシア様。私はリシテキアです。」
瞬きを繰り返し、そこにいたのは、かかりつけ医となったリシテキア様であることを認識する。
「!申し訳ありません。」
「いえ、アルフォンスも先ほどまでここにおりました。治療の手伝いをしてもらっていたのです。でも、途中で具合が悪くなってしまったので、今日は帰らせました。フェリシア様が目覚めるまで、ここに残っていたいと言っていましたけど。」
フフッとリシテキア様が微笑んだ。
「・・アルフォンス様は大丈夫なのですか?」
「一晩寝れば回復します。ご心配には及びません。」
リシテキア様が私の耳下や手首などに手を当てていく。リシテキア様の手はひんやりと冷たく感じられた。
「体温も戻ってきているようなので、数日休めば回復するでしょう。」
「あの・・リシテキア様。」
彼女は、どうしました?と私の顔を見つめてきた。こうして近くで見ると、リシテキア様とアルフォンス様は姉弟だなと改めて思う。顔立ちがやはり似通っている。何よりその金色の瞳がそっくりだ。
「私は、音響室で倒れてしまったのですか?」
「私が研究室にいる時に、貴方様が倒れられたとアルフォンスが飛び込んできたのです。そのまま、救護室で一時的に休んでいた貴方様を引き取って、ご自宅に参ったのです。その後、治療をして、今に至ります。」
「また、私ご迷惑をおかけしてしまったのですね。。」
「いえ、おかげでこの先の治療の方針が固まりました。そして、早く次の段階に進めなくてはならないことも分かりました。」
リシテキア様は、私の方を向いて、表情を固くした。
「フェリシア様の症状は思った以上に進行しています。正直もう少し経過を見つつ、治療を進めていくつもりでしたが、それは叶いそうもありません。手遅れになる可能性があります。」
「手遅れ・・ですか。」
「そして、今後の治療には、アルフォンスの協力が不可欠です。というより、アルフォンス主体で進めていくつもりでいます。」
「それは・・なぜですか?」
「治療が長期化する可能性が濃厚だからです。私はいつここを離れるかが分からないので、最初からアルフォンスに治療を任せていくつもりでいます。アルフォンスは私と同様父の薫陶を受けており、優秀です。異性なのが残念なところですが、アルフォンス以外にこの治療は任せられません。」
「それは、アルフォンス様のご負担になるのではないでしょうか?」
「心配する必要はないと思いますけど、アルフォンスは、フェリシア様が今回倒れられたことにより、治療に急ぎ入らなければならないことを理解しました。この後アルフォンスが回復したら、今後の治療に関し話し合いを持ちます。その時に本人の意向は聞くつもりです。」
「・・・。」
「その時のアルフォンスの回答次第で、治療方法が変わってきますが、私は、彼はこの治療に対し、自分から進んで協力するとみています。」
よくわからない。自分にとって負担にしかならないものを進んで行うと、断言できるのはなぜなのか。
「なぜ、アルフォンス様が協力するとお思いですか?」
「それはもちろん。」
彼女はそこで言葉を切って、私の頭を撫でた。
「私は彼の姉ですから。彼の考えることはお見通しです。」




