天年と人女 前編 第三話 救護室
「自己紹介がまだでしたね。私、フェリシアと申します。低級L2学年です。」
「・・アルフォンス。上級L2学年だ。」
「アルフォンス様ですか?私は、エルキュールの妹ですよ。」
私の言葉に、彼はその金色の瞳を瞬かせた。
「エルキュールの妹?君がか?」
「はい。兄からアルフォンス様のことはよく伺っています。」
私の言葉に、彼は頭を抱えてうなだれた。
「きっと、彼は私のことを良いように言ったのだろう?彼は私のことを買い被りすぎだ。」
「とても剣の腕がたつとお聞きしました。先生にも引けを取らなかったとか。」
「・・それは事実だけど。」
「兄はあまり友と呼べる人が少ないのです。兄は次期領主なので、取り入ろうと近づいてくる人は多いのですが。そんな中、アルフォンス様とは、正しく友人関係を築けている様子ですね。」
「私は中途半端な時にここに来ているから、身分とかがよくわかっていないだけかもしれないが。でも、エルキュールは私のことを気にかけてくれているようで、よく話しかけてくれる。私の方こそ、感謝している。」
慕っている兄を褒めてくれると、私も嬉しい。私が笑うと、彼はまた私を見て動きを止めた。
「では、そろそろ失礼する。」
「はい。お菓子は兄を通じてお渡ししますね。」
彼は身を翻して扉の方に向かう。私はそれを見送って、寝台に戻ろうとした。
「フェリシア。」
扉の前で彼が振り返って、私を呼び留めた。
「はい。なんでしょう?」
「その・・また診察が必要であれば言ってくれ。」
「いいのですか?」
私が問いかけると、彼は首を縦に振る。表情は口を引き結んでおり、固いものだったが大丈夫だろうか?
「ありがとうございます。必要であれば、お声掛けしますね。」
「ああ、では。」
彼は扉を開けて出て行った。私は寝台に戻って、身体を横たえる。
手で、最後に彼が触れていた場所に触れる。
流れてきたものはとても温かかった。
まるで、彼に抱きしめられたかのような。想像してしまって顔が熱い。
私は上掛けをかぶり、きつく目を閉じた。
「フェリシア。」
私を呼ぶ声がして、ハッと目を覚ます。上掛けから頭を出すと、寝台の隣に紺色の髪、橙色の瞳の少年が立って、私を見降ろしていた。
「やっと、起きたか。」
「兄さま。すみません。すっかり寝入ってしまいました。」
慌てて上体を起こそうとすると、兄は私を手で制した。
「急がなくていい。また悪化したら大変だ。」
「大丈夫です。休んでだいぶ良くなったのですよ。」
兄は、私の顔をまじまじと見つめて、安堵したように息を吐いた。
「確かに顔色はいいな。帰れそうか?荷物等は引き揚げてきたが。」
「はい。」
私は寝台から身を起こす。カーテンを開くと、机に向かって、救護室のエステル先生が、何か書き物をしていた。
「先生。ありがとうございました。」
エステル先生は、片眼鏡を外して、こちらを見つめる。
「いや、私は何もしていない。」
「寝台を貸していただいてありがとうございました。ということです。」
「寝台は私のものではないが、ありがたく礼は受け取っておこう。」
笑いたくなるのをこらえて、私は神妙な顔つきをしてみた。兄が先生に向かって、口を開いた。
「先生。フェリシアの医師が務められそうな人物は見つかりましたか?」
「元々女性の医師が少ないからな。男性ならあの金額でたくさん候補が上がるが。」
「それは・・。」
「分かっている。無理に薦める気はない。で、思ったのだが、研究員はどうだ?」
「研究員ですか?」
先生は、手に持った筆記具で、机の上を叩きながら、言葉を続けた。
「医師になる知識も技術も持っているのだが、本人の意向で研究員としてここに在籍している者がいる。それも女性だ。なんでも、そう遠くない内にエステンダッシュ領を出る予定があるらしい。それでも数年は在籍しているだろうと言っていた。彼女とそれほど齢も離れていない。」
それでもよければ、紹介するが?と、先生はこちらに向かって、その綺麗な紫の瞳を向けた。




