天女と魔年 前編 第二十話 別れ
リシテキアとアルフォンスがユグレイティの地を離れる日は、朝から雨だった。
おかげで魔獣の行動が少なくなるのはいいのだが、羽が雨を吸って飛びにくくなりそうだ。
リシテキアには、初めて会った時に来ていた服を参考に作っていた新しい服を渡した。さすがに棋獣に乗るのに、ワンピースは無理だ。
アルフォンスのために新しい服を作る余裕はなかったので、会った時に着ていた服を返している。
3人とも上から雨除けの外套をかぶり、大きな狼の姿をした棋獣に乗った。リシテキアには私が休みの時に、棋獣の乗り方は教えてあった。アルフォンスは過去棋獣に乗った経験があるそうで、危なげな様子もなく、手綱を捌いている。
私と彼女が何週間か過ごした洞窟の脇を抜け、森の中を進んでいくと、正面で森が切れた。私は手綱を引いて、棋獣の進みを止める。私の後ろで2人も棋獣を止めた。
目の前には、灰色の海が広がっていた。
「波が高いわね。」
リシテキアが、ポツリと呟いた。
「雨が大分強いようだが、大丈夫か?」
斜め後ろにいるアルフォンスに声をかけると、彼は肩をすくめてみせた。
「晴れていた方が帰りやすかったのですが、仕方ありません。この辺りには、もう魔人は来ませんか?」
「この雨だし、来ないだろう。」
「じゃあ、羽を開きます。」
「いいだろう。」
アルフォンスは棋獣から降りて、外套の背中を覆っている部分を横にずらし、背中にある羽を広げた。
「アルフォンス。」
リシテキアが名を呼ぶと、アルフォンスは彼女の方を振り返った。
「最後にマクシミリアンとお別れの挨拶をしたいのだけど。」
「・・いいですけど、雨なので手短にお願いします。私はあちらの木の下にいますから。」
アルフォンスは遠く離れた木を示して、そちらの方に歩き出した。
どうやら、気を利かせてくれているようだ。
「私たちも木の下で雨宿りしながら話したほうがいいのではないか?」
「そうですね。棋獣も濡れたままになってしまいますし。」
私は、棋獣3頭の手綱を持ったまま、アルフォンスがいるところが見える、ただし少し離れた位置の木の下に向かって歩き出す。その後ろをリシテキアが追ってきた。
棋獣は近くの木に繋いでおいた。それぞれ、身体を伏せて待っている。餌を与えておいたので、おとなしく待っていられるだろう。
「ごめんなさい。どうしても最後に話しておきたくて。」
彼女はこちらを見た。初めて出会った時と似た服装。たった2年前なのに、あまりにも多くのことがあった。
「マクシミリアン。私の命を救ってくれてありがとう。」
彼女はほころぶような笑みを浮かべた。そして、私の両手を取って、その手を包み込むように自分の両手で握った。
「私は絶対にまたここに戻ってくるから。それまで待っていて。」
「・・・リシテキア。君に渡したいものがある。」
私の言葉に彼女はその瞳を瞬かせる。
彼女が握っていた両手を外すと、私は袂から、大判の布と装身具を取り出した。
「こちらは転移陣が描かれている。館の君がいた部屋に対になる転移陣を広げておく。君が私のところに帰ってくるというのなら、この転移陣を広げてその上に乗り、君の魔力を流すと、館に戻ってこられる。使った転移陣はアルフォンスに処分を依頼すればいいと思う。」
「頑張って飛んでこなくてもいいということね。」
彼女が苦笑する。
「こちらは君を守るお守りのようなものだ。左手をだして。」
彼女の左手を手に取ると、その装身具の輪を左手の薬指に通した。
「きれいね。貴方の瞳の色みたい。」
彼女は装身具が付いた左手の甲をしげしげと眺めた。彼女の装身具には赤い宝石がついている。
「大切にするわ。マクシミリアン。」
「・・・リシテキア。今言うことではないのかもしれないが。」
私は彼女の金の瞳を見つめる。
「君が好きだ。リシテキア。」
彼女はその瞳をこれ以上ないほど見開いた。口を手で塞ぎ、泣くのをこらえるように顔を歪めるが、涙が零れるのを抑えられていなかった。
「泣いてもこれからはすぐに慰めることはできぬのだから。」
涙を手で拭って、頭を撫でると、彼女はぎこちない笑みを浮かべる。
「君が戻ってくるというなら、私はその場所を守るために生きる。」
それが、これからの私が生きる目的だ。
私は彼女に向かって微笑んだ。




