天女と魔年 前編 第十九話 姉弟
彼と共に入った部屋には、既に水色の髪、金色の瞳の少年が席について待っていた。
彼は私が入ってきたのを見とめると、その金色の瞳を大きく見開いた。
「姉様!」
今にも席を立ってこちらに歩いて来ようとするのを、目の前に立っているマクシミリアンが視線と手払いで制した。
「アルフォンス。そのまま座ったままで。それと侍女を中に一時的に入れるから、しばらく口を噤んでいるのだ。」
アルフォンスは彼の言葉に従順に従った。
円卓の空いた席に、私とマクシミリアンが座った後、マクシミリアンが執事のイーヴォに指示を出す。
イーヴォ経由で部屋の側にいた侍女に命が伝わり、侍女が部屋の中に入ってきて、お茶の用意をしていく。
私たちは侍女がお茶の用意を済ませるのを無言で見守った。侍女が部屋を出て行くのを見て取って、マクシミリアンが口を開いた。
「もう話してもかまわない。」
「姉様。無事だったのですね。本当に良かった。」
「アルフォンス。」
私はアルフォンスに向かって、微笑んだ。
「迎えに来てくれてありがとう。怪我などはしていない?」
「大きな怪我はしていません。少し魔力が少なくなっていたけれど、この館に滞在して休んでいる内に大分回復してきました。」
2年ぶりに会ったが、大きく姿は変わっていない。羽は私と同じようにしまっているらしい。顔色も悪くなさそうだと安堵する。
「姉様は体調を崩したりしていませんか?」
「私は大丈夫よ。マクシミリアンが怪我をしていた私を助けてくれたの。それからこの館に滞在させてもらって、毎日を過ごしていたから。」
私の言葉を聞いて、アルフォンスはマクシミリアンに向かって頭を下げた。
「姉を助けていただきありがとうございました。」
「別に礼を言われるようなことではない。それより、そなたはどうやってここに姉がいることを突きとめたのだ?」
アルフォンスは、マクシミリアンの質問に少し考えるようなそぶりをした後、口を開いた。
「姉を攻撃した者を突きとめて、聞き出しました。」
「ほう。それは。よく口を割ることができたな。」
「ええ、相手の弱点は把握済みでしたので。」
アルフォンスが口の端を上げた。そのような顔もできるのかと心の中で感心する。どうやら、弟はここ2年の間で大分力をつけているらしい。
「姉様。今回のこともあって、父上は人間の住む地に移り住むことを決めました。」
マクシミリアンからその旨聞いてはいたが、私は初めて聞いた体を装って、彼に問い返した。
「・・本当に?」
「はい。父上のつてを頼りに移住することになりました。羽を隠しておけば、外見上人間とは変わらないし、『与うるもの』の能力を使わなければ、人間と同じように生活できるだろうとのことでした。」
そう話す弟の表情は優れない。私と考えていることは同じなのかもしれない。
「姉様はこちらに戻ってこられるのですよね?」
「・・戻るわ。今までも帰り道をマクシミリアンと探していたのだけど、見つからなかったの。貴方は知っているのよね?」
「知っています。飛んでいけば半日くらいで帰れます。」
「そうね。ここに来た時も多分それくらいかかったわ。」
「では、明日でどうだ?そなたが捕まったところを確認する名目で、3人で行けばいい。そこまでは私が案内しよう。」
「私は早ければ早いほどいいので、助かります。姉様は?」
「・・ええ。大丈夫。」
私はマクシミリアンを見て薄く笑みを浮かべた。
「マクシミリアン。お願いがあるのだけど。」
私が問いかけると、マクシミリアンは眉を上げてそれに答えた。
「アルフォンスと2人で話す機会をいただいてもいいかしら?」
「今、ここでか?」
「明日には帰ってしまうから、その前に2年間のことをすり合わせておきたいの。」
マクシミリアンは、私にその赤い瞳を向け、軽く頷いた。
「いいだろう。終わったら、部屋の外にいる者に声をかけよ。」
「ありがとう。」
マクシミリアンは、席を立って、部屋を出て行く。私はそれを見送った後、アルフォンスに視線を戻した。
「アルフォンス。話しておきたいことがあるの。」
「何か?」
「私は向こうではどのような扱いになっているの?」
「・・・姉様は行方不明のままです。」
「私は、またここに戻ってきたいのよ。アルフォンス。」
アルフォンスは、私に心配そうな、また諦めの入った表情を向けた。
「父上も母上も姉様のことを心配はしていましたが、結局、何も行動には移しませんでした。私もここに来るのに2年もかかってしまった。姉様は、その間にここに居場所を見つけられたのですね?」
「・・・。」
「ここは魔人の住む地。ここに姉様が墜落したと聞いて、私は姉様の身を案じて迎えに来たのです。ですが、姉様はこの地で伸び伸びと暮らしておられる様子。このまま残ってもいいのではないですか?」
「・・・私は。」
弟は2年たっても優しいままだった。いつも私のことを優先して考えてくれる。でも、私はそんな弟や、マクシミリアンに甘え続けていてはだめだと思う。
「アルフォンス。私はここに来て、自分の至らなさを痛感したわ。」
私の言葉に、彼はその瞳を瞬かせる。
「マクシミリアンは病を患っているの。私も医学の知識はそれなりに持っていたと思っていたのに、何もできなかった。」
「姉様。」
「私は、彼の助けになりたいの。だから、戻って両親を説得するのと並行で、医学を学び直すわ。人間の住む地にも学び舎はあると思うし。そして、ここに戻ってくる。」
彼が私の言葉を聞いて、フフッと笑う。
「アルフォンス?」
「いや・・姉様が自分からこうしたいと言うのは、久しぶりのことだと思って。魔王の彼に感謝ですね。」
「アルフォンス。彼の見た目で判断しちゃだめよ。彼はもう21だから。」
「え・・21?姉様と同じくらいかと思ったのに。。」
彼が口を押さえて、あたふたと慌てるのを見て、私もクスクスと笑った。




