天女と魔年 前編 第十三話 褒美
「では、リシテキア。」
マクシミリアンが私に向き直って、私の背に腕を回す。
「そなたのために尽力した私に褒美をもらえぬか?」
私の答えは聞かず、身体が引き寄せられ、首筋に柔らかい感触が当たる。
何度も行われた吸血には既に慣れっこになってしまった。彼も私の体調が悪くなるほど、多くは吸わないはずだ。
耳に吸血する音が響いた。なぜか、寒気を覚えた。私は彼のぬくもりを求めて、彼の腰に手を回す。
「もう一つ試したいことがあるのだが。」
彼は私の首筋に着いた噛み跡を舐めると、頭を起こして、私に向き直った。
「なに?」
「リシテキア。そなたの血も涙も甘かった。他の体液も甘いのか?」
「は?」
言われている言葉の意味が理解できなくて、私は首を傾げた。彼は枕元の卓に置いてあったガラス瓶を手に取った。掌に収まってしまいそうな大きさの瓶で、中には琥珀色の液体が入っている。
「それは?」
「酒だ。ちなみに、酒はたしなむのか?」
「飲んだことはないとは言わないけど。。あまり飲めないわ。」
「そうか。私は、酒は美味しいとは思うが、酔えないのだ。」
彼はガラス瓶の蓋を開け、光にかざした。琥珀色の液体はとろみがあり、これは純度が高いのではなかろうかと思う。
「飲み物を口移しで与えた経験は?」
「ないわ。」
「では、見本をみせてやろう。」
彼はそう言うと、ガラス瓶の中の液体を一口口に含み、左手で私の顎を抑えた。
彼の赤い瞳が近づいたかと思うと、唇を合わせてくる。唇の合わせ目から液体を入れられて、抵抗もなく飲んでしまった。
喉や胃がかっと熱くなる。自分の唇が解放された後、咳き込む。
「うまいか?」
「強すぎ・・。」
「次はそなただ。」
彼はガラス瓶を私に差し出した。
「これはいったい何をしているの?」
「単なる余興、いや実験か。次はそなたが口に含んでから、私に飲ませてほしい。飲み込むと先ほどのようなことになるから、気を付けろ。」
「・・・。」
飲んだお酒のせいで頭がくらくらする。顔も身体も熱いし、瞳がにじむ。
なぜ、口移しでなくてはならないのかが皆目分からないが、きっと尋ねても今は答えてくれないのだろうと思った。
私は琥珀色の液体を一口口に含むと、彼に唇を近づけた。
お酒を飲む彼の頬が上気する。目元が赤くなり、瞳がにじみ、・・これは私の血を初回たくさん飲んだ時の表情だ。
さっき、お酒に酔えないと言っていたはずなのに。しかもたった一口で。
私たちは唇を外して、見つめ合う。
「そなたの体液は、私の酩酊感を誘うのか。」
「体液?」
彼は自分の口を指差した。唾液か。私の唾液がお酒に混ざって、彼には、お酒に酔った効果が出たのか。
だったら、舌を絡ませた深い口づけでもすれば、こんな方法取らなくても確認できたのでは?と口にはしないが、ちょっと思った。
「血はあまり摂取すると、そなたの命にかかわるから。他の手段が見つかってよかった。」
彼は口の端を上げて笑う。
「ずるい。自分だけいい気持ちになって。」
こんなことを言いだす私は、あの少量の酒で酔っているのかもしれない。
「そなたは、心地よくないのか?」
彼は珍しく首を傾げて問いかける。なんとなく、しぐさが可愛らしくなっている。酔いのせいだろうか。
私が持っていたガラス瓶を取り上げると、蓋をして枕元の卓に戻し、卓に合った光の光量を絞った。部屋の中が薄暗くなる。
息を詰めた私の身体を、彼は自分の方に引き寄せた。耳元で彼の低い声が響く。
「私のしたいことに付き合ってくれた礼だ。そなたの望みを叶えてやろう。」
「望み・・。」
「この場でできることに限られるが。」
彼は正しく条件を付けてきた。先ほど飲んだ酒のせいか、頭が回らない。私は目の前の身体にぎゅっとしがみついた。
「・・もう限界。おやすみ・・。」
「おい。リシテキア!」
多分彼が期待していた言葉ではなかったのだろう。でも、そちらが強いお酒を飲ませるのが悪いのだ。彼の鼓動と体温を感じながら、私は眠りに落ちた。




