57.次田の湯
Side: 府谷恭平
「いやー、驚きましたよ。」
ビックリしているのは商人の島井さんだ。
太宰府で噂を聞き付けて、半信半疑で来たらしい。
「それにしても、筑紫様に戦で勝ってしまわれるとは。」
「言っておきますが、向こうが仕掛けてきたから撃退しただけです。」
「それは良いとして今後どうされますかな?」
「今後といいますと?」
「太宰府まで道を通すと伺っています。この先、紫庄(二日市)は帆足様が治められる領地ですが、そことも争われますか?」
要は、紫庄を治める帆足藤兵衛尉は大内配下の国人なので、争わない方が良いとの事だ。
俺だって好きで争っている訳では無い、攻めて来るので仕方なく撃退しているだけだ。
出来る事なら話し合いで解決したい。
「実は私、温泉が大好きでよく次田の湯に通っているのですが。」
?なんで突然温泉の話なんか?
「そこでよく帆足様をお見かけするのですよ。」
あ、なるほど、これは杉さん(杉興運)あたりから交渉を纏めるよう依頼されて来たのかな?
「温泉ですか、私も大好きです。行ってみたいですねその次田の湯に。」
ここは乗っておくか。
次田の湯は紫庄の近くにある。
元筑紫館から北西に4kmほど行ったところだ。
島井さんから温泉に誘われたことを皆んなに告げると、行きたいという人が何人か出て来た。
特に呑家くんが。
つられて安里川くんと縫野先生も行きたいと言い出した。
「危ないかもよ?」と言っても安里川くんは「コレ(リボルバー銃)があるから平気。」なんて言って余裕をかましていた。
なのでまた車で行く事になった。
ガソリンも結構なくなってきたので、燃料添加剤を混合し節約しながらのドライブとなる。
メンバーは以下の通りだ。島井さんにはナビをお願いした。
島井さんの随行者は別口での帰還となる。
①ランドクルーザー
府谷恭平 (運転手)
島井次郎右衛門 (ナビゲーター)
安里川唯 (護衛)
呑家初美 (温泉大好き)
②ハイラックス
古田歩 (運転手)
舟酒洋二 (護衛)
下平兵 (護衛)
縫野鳴夜 (産業医)
島井さんは、車が動き出して直ぐはビックリしていたみたいだが、すぐ平静に振る舞っていた。
流石は博多の大商人だ。
今のところ、センターからの道は元筑紫館まで繋がっている。
そこから先はまだ正式なルートは決めていない。
なので、今回のドライブはルート確認の意味も持っている。
島井さんのナビに従って行くと川にぶつかった。
此処からが帆足さんの領地だそうだ。
今のところ割と平坦で、そんなに手を入れなくても普通に車が通れそうな場所が多かった。
流石に目の前の川には橋が必要になるが。
ただ今回のランクルとハイラックスは、渡河出来るレベルなのでそのまま渡る。
川を渡って2km程で次田の湯に着いた。
確かに湯煙が立っていて温泉の風情を感じさせる。
今日は島井さんが持つ温泉用の別宅にお世話になることになった。
「それじゃ皆んな温泉行こうか。」
島井さんの口利きで早速温泉へ行く事にした。
紹介された所は男湯女湯の区分けは無いものの、貸切風呂が幾つかあるスタイルだったので、女子チームとは分かれて入る事になった。
混浴を期待した訳では無いがちょっとガッカリだ。
一応、貴重品はビニールパッキングに入れて温泉に持ち込む。
体を洗おうとしたが水道がない事に気づいた、勿論シャワーも無い、そもそも体を洗う場所がない。
電灯が無いので、夜は星が綺麗かもしれないが入浴の難易度は結構上がるだらう。
「いろいろ足りないものがあるな。」
「所長、何か言いましたか?」
つい声に出てしまったみたいだ、下平さんに聞かれていたか。
「いや、特に何でも無いです。」
しかし、原野に温泉か、風情はあるな。
考えてみれば此方へ来てから初めての観光である。
戦国時代でも観光は出来るものなんだなぁ、と考えていたら急にピンと来る物があった。
そうだ観光だ、戦国時代にしか出来ない観光があるんじゃないのか?
例えば有名な合戦がライブ中継で観られるとか。
もっと興味がある人用に生観戦ツアーを組んでもいい。
桶狭間はいつだったかな?
後は名所探訪だ。
考えてみたらまだ太宰府天満宮を見ていなかった。見に行かなくては。
梅枝餅はこの頃からあったっけ?あれば食べたいな。
それから博多だ。この頃はどうなっているんだろう、かなり気になる。
他にもいろいろあるが、観光と言えばホテルだ。
各地に観光用の拠点を作っていく必要が出て来た。
となると先ず初めはこの温泉のプロデュースからだな。
この温泉には他にも気になる所が幾つもある。
湯から上がった後の寛げるスペースがない事や冷たいビールが飲めない事など上げればキリがない。
これは帆足なんとかさんと真剣に話し合う必要が出て来たな。
そんな事を考えていたら下平さんが急に立ち上がった。
「どうしました?下平さん。」
「いえね、視線を感じたんですけど気配は全く感じ無くて、気のせいかなと。」
「もしかしたら忍者かなんかに見張られいるかもしれませんね。」
「そうですね、武辺さんもそうでしたが上には上がいますね。私も精進せねば。」
とは言ったものの、呑家くんだったらどうしよう。
変な病気が出て無ければいいんだけど。
Side: 帆足藤兵衛尉
「島井様がお見えになられました。」
「うむ、通せ。」
隣の筑紫領が南蛮人に攻め取られたと聞いた。
次は此方へ来るのかと戦の準備をしていたところ、この島井が現れた。
筑前守護代様(杉興運)の書状を持って。
書状には、南蛮人は筑紫とは敵対しているが、自分(杉興運)を助けてくれたので大内方だとの事、一度話し合いをしてみるようにと書かれてあった。
そして、繋ぎにはこの島井が適任だとも書かれてある。
「帆足様に置かれましてはご機嫌麗しく恐悦至極にございます。」
「うむ、して南蛮人共はいかにしておる?」
「次田の湯にて寛いで頂いております。」
「人数は如何程か?」
「7名にごさいます。」
7名か、攻める気は無さそうだな。
これは話し合いでなんとかなるやもしれんな。
「南蛮人は此方に攻め込む気はありそうか?」
「いえ、筑紫様の件も攻められたので抵抗しただけと話しておりました。あちらから仕掛ける事は無いかと。」
ふうむ、なら話し合ってみるか。
Side: 府谷恭平
帆足さんと会談した。
お土産に酒や羊羹、干し椎茸、ビー玉、鏡などを渡したら凄く喜んでいた。
特に椎茸の食い付きが凄かった。
前に島井さんに人気商品をリサーチした際名前が上がっていたので、センターにある既製品を試しに持って来た。
これだけ食い付きが良ければ、今後の有力な交易商品になるだろう。
椎茸ならセンターに栽培キットがいっぱいあるので大量に作れる。
帆足さんには、争う気が全く無いことを伝えるとさらに打ち解ける事が出来た。
「ガッハッハ、これからは隣同士仲良くしていこうぞ。」
帆足さんは豪快に笑う人だ。
相手の機嫌も良さそうなので一つお願いをしてみよう。
「一つお願いが有りまして。」
「何でござろう?」
「次田の湯が気に入りました。近くの空き地に家が欲しいのですが。」
「まあそれくらいなら。」
それから細かい打合せを行い、温泉宿の場所やそこまでの道の整備、川に橋を架ける事などの了承を貰った。
「何とか話が纏まって良かったな。」
「うふふ、そうですね、所長。」
それにしても温泉より帰ってから呑家くんの機嫌がやたらいい。
きっと趣味をしっかり堪能したのだろう。