17.医療行為
Side: 府谷恭平
怪我人を抱えた武辺さんを連れて医務室を訪れた。
「縫野先生、急患です。」
産業医の縫野鳴夜の専門はカウンセリングであるが、通常の医療行為を行う資格も持っていた。
なので急患にも対応出来る。
「凄いわね、鎧武者の急患は初めてよ。それじゃ鎧を脱がして貰えるかしら。」
床に寝かせて鎧を脱がそうとするがなかなか難しい、武辺さんが周りにいた人達に指示を出しながら複数人掛かりでやっと脱がせた。
なんか一緒に付いてきた呑家くんの様子がおかしいが気にしないでおこう。
ベッドに寝かせて診察をしてもらう。
「縫野先生、患者の容態はどうですか?」
「脳震盪を起こしているようね、外傷に関しては致命的なものは見当たらないわ。」
武辺さんは良く理解出来なかったみたいで質問する。
「つまり助かったのでござるか?」
「そうね、命に別状は無いわ、2日もすれば目を覚ますでしょう。」
「それは良かったでござる。」
武辺さんは安心したら急にお腹がすいてきたらしく、グーとお腹の音が鳴った。
「武辺さん、お腹がすいてませんか?良かったら食事を用意しますが。」
「それは有難い、実は腹が減って死にそうなのでござるよ。」
「食堂へ案内します。それでは縫野先生、後はよろしくお願いします。」
俺は武辺さん達と食堂へ向かった。
Side: 呑家初美
後に残された私は先程の余韻に浸っていた。
いいわ、実に良いわ!美中年のおじさまが若い男達に寄って集って、鎧を一枚一枚剥がされるなんて、見てて失神しそうになったわ。
呑家初美は腐女だった。
彼女の常識では、侍=衆道なので鎧武者を見た時は何かが始まる予感を感じた。
先程の光景はその思いにモロに燃料投下された瞬間だった。
徐ろに、静かに寝息を立てている患者の顔を覗き込む。
名無しのおじ様、あなたは一体受け攻めどっち?目を覚ましたらその辺をじっくりと問いただしてあげましょう。
呑家の妄想は膨らんでいく。
そんな呑家は縫野によって現実へ引き戻される。
「はい、そこまで、職場での妄想は控えなさい。また、カウンセリングが必要かしら?」
呑家はビクッと肩を震わす、カウンセリングの言葉に反応したからだ。
縫野鳴夜は恐ろしい、カウンセリングと称して社員に様々な精神攻撃を行う。
それはまるで某宗教団体による、徹底的にお布施させるセミナーを彷彿とさせる。
カウンセリングを受けた後は、自分でも信じられないくらい社畜として覚醒する。
職場で妄想したのも実に久しぶりのことだったと思い出す。
そうか、自分は封印されていたんだと初めて自覚した瞬間だった。
「ふふふ縫野先生、カウンセリングは必要ありませんわ。いけない、私、仕事を思い出しましたの。それでは失礼しますね。」
呑家は逃げるように医務室を後にした。




