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あの日の桜田

作者: 徳永夏樹

 あの日見た桜田はどんな映画に出て来るヒロインよりもキレイだった。

 何となく遠回りをして帰ろうと思ったのは前日に観ていた映画の影響かもしれない。でもまさかその何となくが俺の人生を大きく変えた。なんてフィクションの世界みたいな展開はなかったけど、俺はあの日桜田に会えて良かったと思っている。


「ケツ、痛くねーの?」

 川原に座っている桜田を見つけて、俺は迷わずに自転車から降りて土手を下った。いつもなら桜田いるなーで素通りする所だけど、夕日の反射でキラキラと輝く水面に飲み込まれてしまいそうなぐらい桜田からは儚い雰囲気が漂っていた。そして俺はこの時、儚い雰囲気を纏っているっていうのは美しいものなんだと初めて知った。

「それが去年皆勤賞だったのに一週間も休んだ私に言う一言目?」

「だって桜田、そういう心配とかされたくないタイプだろ?」

 俺は知っている。桜田は人に弱みを見せたくない人間だという事を。

「そうだね。でも全く気にされないってのも嫌なんだよね。それに別に病気じゃなくて身内の不幸とか旅行とか可能性は色々あるでしょ」

 それもそうかと改めて聞く事にした。

「で、一週間も休んでどうしたんだよ?」

「内緒」

 聞けと言いながらも聞いても言わないって女ってよく分からない。オブラートに包まずに言うと面倒だ。

「成瀬はこの辺りに住んでるの?」

「いや、何となく遠回りして帰ろっかなって感じ。桜田もこの辺じゃないだろ?」

「成瀬って意外と私の事知ってるんだね」

 ここで今日初めて桜田の視線が川から俺へと移った。その目からはもう儚さは消えていて、柔らかい笑みを浮かべたいつもの桜田だった。

「クラスメイトだったらそれぐらいは普通だろ」

「どうせ美渚から聞いたんでしょ?」

「さぁ」

「誤魔化してもムダだからね。私は美渚から全部聞いてるんだから」

「聞いてるって?」

「成瀬が私の事好きだと思うんだけど、あっ、ここでいう私は美渚の事ね。成瀬が私の事好きだと思うんだけど、美桜の事ばっか聞いてきて実は美桜の事が好きなんじゃないかって思い始めてきちゃった。って」

 一体何から答えたらいいんだろう。そもそもどこまで話せばいいんだろうって思いながら、目の前に流れる川を見ていたらもう全部話してもいっかって気になってきた。これは多分、後で後悔するやつだって分かっててもこの雰囲気に流されてしまう。川だけに。しょうもねーって思ったのが顔に出てしまって桜田に

「なにニヤけてんの?」

とツッコまれる。話しの流れ的に別にニヤけても変じゃないのが救いだ。

「女ってすげーなーって思って」

「やっぱ美渚の事好きなんだ?」

「まぁ、桜田は残念だったな」

「そうだね」

 てっきりキレられると思っていただけにまさかの反応だった。

「マジだと思った?」

「いや、思わねーよ。あまりにもしんみり言うからビックリしただけ。桜田ってもっと軽く冗談言うもんだと思ってた」

 ちょっとマジだと思った事は絶対的に言わない。桜田はとびっきりの美人って訳じゃないけど、誰とでも気さくに話す明るい性格で、クラスでは人気があった。顔もどっちかというと可愛い。ショートカットにくりっとした目で、背も低いからちょっと幼く見える事もあって、妹扱いされる事が多いけど本人は特に気にしていない様だ。

「ちなみにもっと軽いノリで言ったらどんなリアクションだった?」

「俺も同じぐらい軽いノリで返してた」

「それ想像出来るかも」

「だろ?」

「ねぇ、もしも余命三ヶ月って言われたらどうする?」

 さっきのそうだねと打って変わってあまりにも明るいトーンで言われたから、俺は聞き間違いかと思って聞き返した。

「もしも余命三ヶ月って言われたら成瀬はどうする?」

 どうやら聞き間違いでは無かったみたいだ。これってこんな明るい感じでする話しなのかって考えていたら、もしかしてと嫌な考えが頭に浮かんだ。

「えっ、まさか桜田・・・・・・」

「違うよ。もしもって言ったでしょ。何でそうなるの」

 顔はわざとらしく怒った表情を作っていたけど、いつもより少し早口で、まだ可能性は捨てきれないと思った。

「だっていきなり過ぎるだろ。それにそうだとしたら一週間休んでた事も辻褄合うし」

「いや、昨日観たDVDがそういう設定だったから何となく聞いてみようと思っただけ」

「なんのDVD?」

 一瞬だったから見間違いかもしれないけど、桜田はしまったって表情をした。何のDVDか聞いた事で俺が映画好きだという事を思い出したのだろう。そしてそんな表情をするという事はDVDは嘘だという事になる。

「お母さんが借りてきたのをちょっと観ただけだからタイトルは知らない。ドラマか映画かも分かんない」

 明らかに作った言い訳だと思ったけど、俺は表面上信じる事にした。

「とりあえずその余命三ヶ月の原因がガンだったら、宣告された瞬間にガーンって言うな」

「寒っ。成瀬って親父ギャグ好きだよね」

「まぁ、好きっていうか何ていうか」

「そうする事でお気楽な成瀬舜になれるから?本当の成瀬舜はもっと繊細でしょ?」

 ビックリし過ぎて声が出て来なかった。俺の周りは俺の事をお調子者で明るい成瀬舜だと思っている。そういう風に演じている。まさかそれを見破られているなんて考えもしなかった。もう反射的に自分一人でも親父ギャグが出てしまうぐらいになっているのに。自分さえも本当の自分を見失いそうになっているのにちゃんと自分を見てくれる人がいるんだなってちょっと感動した。

「よく見てるでしょ?」

 否定すべきなのか肯定すべきなのか分からなかった。

「そりゃ舜だけにシュンとはしてられないだろ?」

 そこそこいいんじゃないかと思った冗談を桜田はスルーして

「で、受け入れられる?」

と聞いてきた。

「何を?」

「何をって余命宣告」

「何言っても怒るなよ?」

 もしも桜田がその立場ならと思い、一応予防線を張った。

「怒らないよ。怒る理由がない」

「普通に受け入れるよ。寧ろその方がホッとする」

「ホッとするって?成瀬死にたいの?」

「死にたい訳じゃない。でも生きたいとも思わない」

 多分、理由聞かれるよなって思って先に言う事にした。

「このまま歳を取っていくのが怖い。それならいっその事早い内にこの世と別れられる方がいいなって思う」

「歳を取るのが怖いってなんで?」

 そう聞かれて確かにそこの理由も必要だなって気付かされる。頭で思ってる事が伝われば便利なのにって言葉の不便さを感じる。

「一生平凡な人生って怖いと思わない?」

「なんで一生平凡だって決めつけてるの?」

「どう考えても今から俺の人生が華やかになるとは思えないし、しようって気力もない」

「まぁ、大体の人はありふれた人生だしね」

 その言葉に思わず笑ってしまった。

「私、おもしろい事言った?」

「いや、今からでも何か夢を持てとか励ましの言葉返ってくるかと思ってたから、力抜けた」

「でも平凡でも幸せだって思ってる人はいっぱいいるだろうけど」

「特別じゃない事を特別だと思えたら幸福感は上がる」

「映画の受け売り?」

「そう」

「成瀬ってホントに映画好きだよね。もしかして現実逃避もある?」

 いつも一緒にいる三人は俺は他の人よりちょっと映画が好きだと思っている。なのにそんなにプライベートの話しをしない桜田が俺が大の映画好きだと知っている事に驚いた。

「成瀬っていつもしてるイヤホンで映画の音声聞いてるでしょ?」

 これには誇張無しに人生で一番驚いた。

「なんで知ってるの?って顔してる」

 そう言って桜田は笑った。俺ってそんなに顔に出やすいのかなって、どうにもならない事は分かってるけど、思わず顔を触ってしまう。

「成瀬は分かりやすいからね」

「でも俺、イヤホンで映画の音声聞いてるって誰にも言った事ないんだけど」

「って事は当たり?」

「えっ、もしかして勘!?」

「もしかして勘。成瀬の髪の毛はイヤホンを隠す為に長くしてるんだろうなって勝手に納得してる」

 確かにその通りだった。映画は短くても一時間半はある。何回か観ている映画だったらいい所で止めたくない時は授業中にこっそり聞いて頭の中でシーンを思い浮かべていた。髪が長いと言っても耳が隠れるぐらいで、俺ぐらいの長さの奴なんていっぱいいる。

「その勘って桜田の?咲田の?」

「残念ながら私の。そんなに好きな物があるのに人生終わってもいいって思うんだ?」

「そうだな。映画が好きってだけじゃ生きる糧にはならない」

「そういう人もいるんだね」

「桜田は?」

「私?三ヶ月って微妙じゃない?」

「確かに結婚とか子ども欲しいとかは無理だもんな」

「海外留学とか大学生活とかもね」

「すっげー小っちゃいけど、絶対にやってみたいって事ないの?」

 そう聞きながら俺も考える。小さい頃は好きな駄菓子を大量に食べたいとか思ってたなって思い出す。今なら小遣いでそれが出来るけど、いつでも出来ると思うと憧れじゃなくなるんだなって今分かった。

「直ぐには思い付かない。死ぬまでに何かやり遂げるってそれこそ映画の世界でしょ」

「まぁ、余命宣告されて今まで通りの生活を送るってストーリーじゃ大ヒットはしないだろうな」

「今まで通りの日常か。それいいかも」

「余命宣告されても何一つ変わらない生活がいいって事?」

「そう。親にも友達にも憐れみの目を向けられなくて済むし、悲劇のヒロインにならないし一番いいね」

「それって後悔しねーの?」

「成瀬にそういう事聞かれたくないんだけど。じゃあ逆に聞くけど全く後悔しないで人生を終えられる人ってどれぐらいいると思う?」

「うーん、我が人生に一片の悔い無しって思える人ってメッチャ少なそう。でもある程度の悔いはあったとしても幸せだったなって思って死ぬなら結果オーライ」

「だったら普通に過ごして死ぬ時に幸せだったなって思ったら結果オーライでしょ?」

「ホントだ。そうなるな。幸せな死に際は人それぞれだな。って当たり前か」

 もしもの話しにしては長話になってきたな。って思って桜田の方を見ると桜田はどうでもいい話ししてますよーって感じの顔をしながら手の平で石を転がしていた。

「私、引っ越すんだ」

 何となくそう言い出しそうな雰囲気を感じていたからそれには驚かなかった。

「病気だから?」

「違うって。何回言わせんの?」

「なぁ、桜田って何で親友の咲田にも弱い所見せねーの?」

 きっと桜田は何かを抱えている。俺に言えなくてもせめて咲田には言って欲しいって勝手ながらに思う。

「悲しいとかしんどいとか辛いって見せても相手に何の得にもならないから。寧ろ心配させてゴメンって気遣っちゃうし」

「結構納得いく理由だな。でも相手からすれば自分には何でも話して欲しいって思うもんじゃねーの?」

「それ美渚にも言われた。言われない方が余計に心配になるって。でも私はそうなんだよ。だったら顔に出すなって話しなんだけど、四十度近く熱があってもポーカーフェイスは私には無理なんだよね」

「それ大体の奴が無理だろ」

「そっか。そうだよね」

 そう言って桜田はふふっと笑った。何だか今の桜田は落ち着いた雰囲気で、いつもと違う印象だ。

「そういう事だから私は人に弱い所を見せたくないの」

「たまにさ、全部見せたら楽なのにって思う事ない?」

「成瀬はあるの?」

「なんで逆に聞いてくるんだよ」

「そういう事聞いてくるって事は成瀬がそうなのかなって気になったから」

「いや、一般論的にそうかなって思っただけ」

 本当は素の自分をさらけ出せたらどんなに楽だろうって思う。でもそれによって今の立場を失うなら多少は無理しても端から見れば充実している高校二年生でありたかった。やっぱり暗くて地味な奴ってレッテルを貼られるのは嫌だ。大人から見たらバカみたいな事に拘ってと思われるかもしれないけど、それが結構大事だったりする。

「私は思わないかな。小さい頃から泣くの我慢したらよく我慢したねー、えらいねーって褒められてたからその影響かな」

「じゃあ、コケて泣いた時に痛かったねって抱きしめられたら変わってたんだ?」

「多分ね。小っちゃい頃の経験を基に今の自分ってあるじゃん?」

「そういうもん?」

「そういうもんだよ。普段は無意識だけど、ふとした時にそういえばって思い出すもんだと私は思ってる」

 そう言われて俺はどんな子どもだったっけって考えたけど、ビックリするぐらい何も思い出さない。俺って走馬灯見えないタイプかも。

「寒くなってきたし、帰ろっか」

 五月上旬の今、昼は半袖でも大丈夫な日もあるのに夕方になるとまだ春だという事を思い出した様に一気に気温が下がる。

「帰ろっかじゃないだろ」

「えっ?」

「えっ?じゃなくて肝心な事聞いてない。引っ越すってどこに?ちゃんと咲田には言ったんだよな?」

「ふふっ、どうでしょう」

「真面目に答えろよ」

 笑ったらそのまま誤魔化されそうだったから、ちょっと強めの口調で言った。

「別に成瀬とは特別仲が良かった訳じゃないし、そこまで話す必要なくない?」

「じゃあ別にわざわざ仲良くもない俺に引っ越すって言わなくてもよくない?」

「そうだね。何か雰囲気に流されたかも」

「言ってしまった以上ちゃんと説明する責任が桜田にはある」

「うーん、それもそうか。引っ越し場所は内緒だけどそこまで遠くない。美渚には言ってない」

 何となくそんな予感はしてたから、やっぱりなってちょっと呆れる。

「後でちゃんと連絡するんだよな?」

「ううん、ってか私スマホ持ってないし」

「持ってないって、俺桜田とLINE交換しただろ?」

「したね。でももうないの。スマホ解約した。誰の連絡先も残してない」

 その行動に桜田の覚悟みたいなものを感じた。そんな悲しい発言をしているのに桜田の顔は清々としていた。

「それは教えてくれるんだ」

「私は心機一転新しい生活を楽しみたいだけなのに言っとかないと変な憶測されたり、心配されたりするかなって。それに」

「それに?」

「一つお願いがある」

「俺に出来る事ならするけど」

「大丈夫。成瀬にしか出来ないから」

 そう言って桜田は儚い様子を纏っていたのが嘘みたいにいつもみたいにニッコリと明るい笑顔を見せた。

 

 次の日の朝、桜田が転校した事が担任によってクラス全員に伝えられ、教室がざわめいた。咲田は俺より後ろの席だから表情は見えない。クラス中が驚いてる中、誰よりも仲が良かった咲田が冷静でいられるはずがない。今直ぐにでも桜田に頼まれた事を実行したかったけど、ホームルームの後は直ぐに授業が始まるし、授業間の休み時間だと短すぎる。色々考えた結果、放課後にしようという結論に至った。放課後時間が欲しいってちゃんと事前に言っておこう。って考えていたけど、ホームルームが終わって担任と一時間目の担当教師が入れ替わる間に咲田は教室を飛び出した。誰に何を言われてもいいと俺は咲田を追いかけた。

 人気がない所なら屋上に続く階段だと瞬時に判断して、もう授業始まるぞという先生達の声を無視して走った。咲田が曲がり角を曲がるのが見えたから方向は合っている様だ。

 屋上に出る扉は施錠されているので、出る事は出来ない。その扉にもたれしゃがみ込で咲田はスマホを耳に当てていた。間違いなく桜田に電話を掛けている。きっと話しを聞いてくれって言った所で無視されると思って、核心部分から話す事にした。

「俺、昨日桜田に会ったんだ」

 狙い通り咲田の視線は俺に移った。

「ほんっとに偶然だったんだけど、とにかく会った」

 どういうテンションで話せばいいのか分からず、いつもの学校での自分とは打って変わって深刻な口調になっていた。それが更に咲田の表情を固くさせた。

「まず、スマホは解約したって」

「うん」

 咲田が持っているスマホからは『この電話番号は現在使われておりません』という無機質な案内が微かに聞こえていた。

「で、咲田に伝言預かってる」

 これが桜田のお願いだった。

「それ、当てていい?」

 泣きそうな顔をしていると思ってたけど、咲田はうっすらと笑っていた。

「直接別れの挨拶したら泣いちゃいそうだからみたいな事言ってたでしょ?」

「正解。咲田の顔見たら絶対に泣くから会いたくないって。咲田には自分の笑った顔だけ思い出して欲しい。自分勝手でゴメンね。でもこれが私だからって。いかにも私って感じでしょ?って」

 深刻になる必要はないみたいでちょっと安心した。咲田が落ち込んでいるのを励まして勢いで告白しちゃえって言われたけど、そもそもそんなに落ち込んでないし、寧ろ今言っても私は大丈夫だからって言われそうな空気だ。

「ゴメン」

 何に対して謝られたのか分からなかったので、軽く首を傾げた。

「授業サボらせちゃって」

「いや、寧ろラッキーなんだけど。たまにはアリだろ」

 咲田と二人だしっていうのは黙っておく。いや、言った方がいい雰囲気になるのか?でもあまりにもベタだから言うのは恥ずかしい。でもいつものお調子者の俺なら言ってもおかしくないか。こんなにも考えるって事はやっぱり俺は咲田の事が好きなんだよなーって思う。

「って、今からでも授業受けようよって話しなんだけどね」

「それな」

 ハハッと思わず普通の声で笑ってしまって、咲田は人差し指を唇に当てた。

「ヤベッ。普通に声出したわ」

「静かに喋ろう」

 咲田は階段に座って横をポンポンと叩いたので俺は一応恐縮する様子を見せながらも喜んで座った。

「私と美桜ってケンカした事ないんだけど、一回だけちょっと強めの言い合いになった事があって」

「それって世間一般的にケンカって言うんじゃねーの?」

「そっか。そうかも。でも私達的にはケンカじゃなかった」

「で、ケンカの原因は?」

「ケンカじゃないってば。旅人が主人公のマンガ読んでて、その旅人は毎回こっそり街を出て行くの。それで、私はお世話になったんだから挨拶はするべきって考えで、美桜は誰にも迷惑掛けてないんだから別にいいじゃんって。そっちのが別れの時寂しくなくていいって。その意見の食い違いで言い合いになったって訳」

「ちゃんとフラグ立ててたんだな」

「その時から決まってたのかは謎だけどね」

「だからさ、もちろん驚いたけど、落ち着いて来たらちゃんと受け入れられたから」

 言葉にはされなかったけど、俺にはちゃんとありがとうって気持ちが伝わっていた。

「咲田が元気なら、ラッキーサボりだな」

「たまにはいいよね」

「あぁ、せっかくだから桜田との想い出でも語る?って言っても俺聞く専門だけど」

 俺が知っている桜田情報の九割は咲田から聞いたものだから俺が桜田について話せる事はほとんどない。

「それ話してる内に泣くかも」

 咲田は笑って言ったけど、目は笑っていなかった。突然いなくなった事は受け入れられたけど、まだ楽しく想い出話しは無理って事か。そもそも俺は素直に咲田の言葉を受け取ったけど、受け入れられたって事も強がりかもしれない。

「じゃあしりとりでもするか」

「小学生じゃないんだから」

「なら高校生らしいしりとりってどんなの?」

「なんでしりとり限定なの」

 もう負けたって感じで咲田が笑ってくれて俺は思わず自分でも分かるぐらい勝ち誇った顔になってしまった。

「一つだけ桜田について聞いてもいい?」

「一つぐらいならいいよ」

「桜田の親ってさ、すっげー桜好きだったりする?」

 苗字にも名前にも桜の字が入っているのを見た時からずっと疑問に思ってたけど、何となく本人に聞く機会を逃していた。

「やっぱりそれ気になるよね」

「って事は咲田も聞いた?」

「聞いた。ビックリなんだけど、桜が特別好きな訳じゃないんだって」

「マジで?」

「マジで。将来結婚して苗字が変わるだろうから、桜のお裾分けなんだって」

「そういう事か。じゃあもし桜田って苗字じゃなかったら違う名前だったんだな」

 こんな事桜田の前で言ったら絶対に怒られるけど、もしかしたら桜田は両親のその思い虚しく人生を終えてしまうかもしれない。まぁ、もう会う事もないから何を言っても思っても自由なんだけど。でも俺は何でもない桜田にあんなに惹きつけられないと思ってる。余命宣告じゃなくても、きっと受け止めるのに相当な覚悟が必要な事が桜田の身に起こっているはずだ。本人に聞いても否定された事を考え続けた所で答えなんて出るはずがないんだけど。

「ねぇ、成瀬」

「ん?」

「私やっぱり寂しいかも」

 上目遣いで言われてドキッとする。そして突然の寂しい発言に焦る。どうすればいいんだろうって考えてたら

「映画連れて行ってくれたら元気出るかもしれない」

と嬉しい言葉が投げられた。これはそういう流れだったのかって自分から言えなかった事を悔やむ。

「でもあんまりマニアックなやつじゃない方がいい」

「俺、あんまりマニアックな映画知らないって」

「音だけで映画を楽しむのに?」

「えっ?」

「あれ、違った?」

「いや、違わないけど。それって桜田に聞いた?」

「それ逆。私が美桜に多分そうだと思うって話したの」

 今、俺の頭の中は混乱で渦巻いている。桜田は自分が気付いたと言っていた。さっきのリアクションからして咲田が嘘を吐いているとは思えなかった。現に今も不思議そうな顔で俺を見ている。この事は言わない方がいいよなって思ってたけど、やっぱりというか気付かれた。

「もしかして美桜、自分が気付いたみたいな事言ってた?」

「まぁ、そんな感じ」

「そっか」

 その一言に続く言葉を待ったけど、咲田はそれ以上何も言わなかった。そうなると色々想像してしまう。やっぱり桜田は俺の事をって考えてしまうけど、その答えを得られた所で何にもならない。

「今、成瀬の頭の中は美桜でいっぱい?」

「まさか、俺の頭の中は咲田でいっぱい」

 いつもみたいに冗談っぽい感じで言ってしまって後悔した。

「ゴメン、今のなし」

 別の言葉を言わないとって必死に言葉を探している内に微妙な空気になってきた。

「成瀬、こっち向いて」

 何だろうって思いながら横を向くと咲田の両手が優しく俺の頬に触れた。思いもしなかった行動だったけど、何とか顔は平静を保てているはずだ。

「私の前では百パーセント素の成瀬でいいんだよ」

 これを聞いて、あの時桜田は咲田の事を想ったんだって事に気付いた。咲田が気付いたと言えば流石に俺でも咲田も俺の事好きなんじゃないかって思う。咲田の気持ちを大事にして桜田はあの日、咲田の言葉を自分の言葉にした。間違っても俺の事を好きだからじゃない。

「俺、咲田の事が好き。ちょっとでも咲田と話したいから桜田の事ばっか聞いちゃう不器用な奴だけどいい?」

「いいよ」

 今の言い方だと咲田が俺の事好きな前提みたいになるなって思ったけど、咲田は笑顔で即答してまだ俺の頬にあった手に力を入れて顔を引き寄せて自分のおでこと俺のおでこを引っ付けた。おでこまではまだ大丈夫だったけど、鼻先が触れた時は体温が上がって鼓動が早くなった。これはキスする流れだよなって思ったけど、俺はまず咲田に言わないといけない事がある。

「ちゃんと咲田の前では素の俺でいるからさ、咲田も今ぐらいは泣いたら?」

 そう言わないとって思ったのは咲田の手が少し震えていたからだ。

「そうだね。じゃあ背中貸して」

 咲田の手がそっと俺から離れた。まだ俺の頬には咲田の温もりが残っていて、その温もりが優しさとなって俺を包んでくれていた。

 てっきり背中で涙を拭くのだと思ってたけど、咲田は背中合わせに座って静かに泣いた。

「映画のワンシーンみたいだね」

 しばらくして大分落ち着いたのか、咲田は鼻声だけど楽しそうに言った。

「泣いたら本当にスッキリしたから楽しい話ししよう」

「しりとりとか?」

「それ話しじゃないし、それは素の成瀬でもないでしょ?」

「なんか癖で」

「それはよくない癖だね」

「ってか咲田はなんで俺がキャラを作ってるって気付いたの?」

「さぁ、なんででしょう?」

「まさか質問で返ってくるパターン」

「うん、質問で返すパターン」

「映画いつにする?」

「諦め早っ」

「多分考えても分かんないし。そこに気付いてくれてるなら何も問題ないかなって」

「間違いなく問題はないね。今週の日曜日は?」

 一時間目終了のチャイムが鳴るまで俺達は今後の楽しい予定を話しあった。


 ここ数日、俺はスマホに文字を打っては消しを繰り返していた。桜田に一回だけ使える魔法のメールアドレスと言われて教えられたアドレスにメールを送ろうとしていた。言われた時は魔法のメールアドレスじゃなくて使い捨てだろって思ったけど、今は唯一桜田に連絡を取れる手段だから魔法と言っても過言ではない。は流石に言い過ぎか。でもありがたいって思う。

 この一通で桜田との繋がりが無くなる。そう思うとこんなメールでいいんだろうか?って気持ちになってしまう。もう今にも叫び出したい気持ちになるけど、そうなる度にそこまで考えなくてもって思い直す。桜田に言いたい事はいっぱいある。でも考えている内にシンプルでいいのかもしれないと思って一言『ありがとう』って送った。送って直ぐにスマホがメールの着信を知らせた。それは桜田からで、返事が来るなんて思ってもなかったからビックリした。桜田からの最後のメッセージは『生きろ。成瀬舜』だった。思わず死なねーよと口に出してしまった。

 俺はきっと何度もあの日の桜田の事を思い出す。映画を観てる時、川原を歩く時、何となく寝る前に桜田の姿を思い浮かべるはずだ。それ程までにあの日の桜田は強烈な印象を俺に残した。きっとこのアドレスはもう使えない様になっているから返事をしようとは思わない。でも桜田からの最後のメッセージはしっかりと保存した。そしてちょっとだけ希望を持って生きようって思った。


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