殺す殺す詐欺
「殺してやるぅ~」
ポットランチ公爵邸の広い広い裏庭で、甲高い声が響き渡る。同時に、凄まじい土煙と炎が巻き上がり、声の主を隠してしまう。
「おうっ!上等だ。殺れるもんなら殺ってみろ!」
何処か愉しげな少年の声が応ずる。声変わり真っ最中のガサガサな声だ。
土煙が風に吹き飛ばされ、その風に煽られた炎が勢いを増す。
「きゃぁっ」
消炎剤が大量に降ってくる。炎の勢いが弱まり、フリフリドレスの小柄な少女が姿を見せる。
少女のドレスは柔らかなペパーミントグリーンの絹で、フリルとリボンが胸元や袖を飾る。スカートには春らしく軽やかなオーガンジーが揺れている。
胸元に飾られたブローチは、磨き込まれたシンプルな銀の台座に大きな琥珀が飾られている。
「何すんのよっ馬鹿リドリー!」
消え残る炎の向こうに、また爆発が起こる。少女は「爆炎」の2つ名持ちの天才魔導師だ。「爆発」と「消炎剤精製」、そして「地均し」の3つが得意魔法である。
「こっちの台詞だ、チビミランダ!」
また炎を煽る暴風が起こる。そこへもう一度消炎剤が落ちてくる。少年は「暴虐」の2つ名を持つ天才魔法槍術師だ。「暴風」「暴風雨」が得意で、最近「消炎剤精製」を覚えた。
「絶対殺すっ」
小さな爆発をリドリー少年に連投しながら、広大な自宅の庭を駆け巡るミランダ。足には可愛らしい白のハーフブーツを履いている。靴紐はドレスと同じペパーミントグリーンだ。
「くぅ~殺す、殺す!!」
爆風を纏って躍り上がる、ペパーミントグリーンのオーガンジーも爽やかなドレス姿の金髪ドリルチビ。その手に燃え盛る双剣を構えて眼下の銀髪天パ少年に襲いかかる。
「言ってろ」
少年はニヤリと笑うと、捻りを加えて大槍を突き出す。穂先から噴き出す水のうねりは、雷を伴いミランダを狙う。
「ひぃぃ」
咄嗟に双剣をクロスして、炎の魔法で迎え撃つ。魔法の力は拮抗し消滅した。
「謝れリドリー!!」
双剣を操り上空から降りてくるミランダのアメジストの眼に、リドリーの歪んだ笑みが映る。
少年らしく上品な紫の短い上着と揃いの膝丈ズボン。襟には金時計の鎖が見えていた。鎖の留め具には、繊細な書体で「リドリー・ミランダ」と彫られていた。
「謝るのは君だっ」
リドリーは琥珀の眼を剣呑に細める。少年は腰を落として双剣を大槍に絡めて飛ばすと、ミランダの小さな体を抱き留めた。
「放せっ」
「嫌だっ」
もう魔法も剣も槍も、みんな放り出して叫び合う。
「ジョリーテイルを返せっ」
「駄目だっ!また浮気するだろ」
「浮気なんかしてないっ!」
「ロナルドを乗せたじゃないか」
「飛竜に乗ってみたいって言うから乗せただけよ!」
「そんなの口実に決まってんだろ」
「はああ?馬鹿じゃないの?」
ミランダはリドリーの細い腕から逃れようと身を捩る。リドリーは細身の少年だが、やはり成長期の男の子である。筋肉はきちんと発達しており、小柄なミランダの抵抗を許さない。
「ジョリーテイルは何処なのよっ」
「浮気デートするから教えない」
「返さないなら殺すっ」
至近距離で小爆発を起こすミランダを、リドリーは思わず放す。
「危ねえだろっ」
「殺す!」
「いい加減にしろよ」
「こっちの台詞よ」
「頭を冷やせ」
リドリーは、ミランダに水を浴びせる。
「きゃあっ」
「あっ……」
本日のミランダは、高級な薄絹のドレスである。
「こ、ろ、す~!!!」
「ごめんっ!でも婚約者だから良いだろ」
屁理屈をいいながら、濡れて張り付いたドレスの下に透ける、可愛らしいフリルレースのあしらわれたビスチェをガン観するリドリー。ミランダは、後方に飛んでリドリーから距離を取る。
「このクソ王子!」
怒りの爆発がリドリーに投げつけられる。銀髪王子は琥珀の瞳を爛々と輝かせて、飛んでくる爆発魔法は見もせずに大槍で払う。
「ばかっ!乾かしてよね!」
「ああ、うん、もうちょっと」
「殺す~っっ」
ミランダの双剣から、二筋の炎がリドリーに向かって走る。リドリー王子は槍を水平に構えたかと思えば、大きく踏み出しつつ横凪ぎに炎を払い除けた。
ミランダは涙を流しながら双剣を振るい続ける。
「うぇぇぇん!ばかぁ!殺す!」
「やめろ」
リドリーはニタニタしながら、ミランダを上から下からジロジロ視ている。
「2度と来んなっ!ジョリーテイル返せ!そもそも何しに来た!」
滅茶苦茶に魔法を打ちながら、ミランダは嗚咽を交えた怒鳴り声を婚約者にぶつける。
「解ったよ!ごめん!ごめんて!」
リドリーは慌てて風を送り、ミランダのドレスを乾燥させる。
「ジョリーテイル」
「もう、俺以外乗せない?」
「ロナルド、うちの親戚のお爺ちゃんでしょうが!」
「男はいくつになっても」
「バカがっ!あんたロナルドに豪槍雷雨放って、ご両親にこっぴどく怒られたくせに!何自分が正義みたいな顔してんのよ!」
リドリーの言いがかりを皆まで言わせず、ミランダは嫉妬深い暴虐王子に美しい人差し指を突き付ける。
リドリーは、とうとう沈黙した。
「解ればいいのよ」
涙を引っ込めたミランダは、下ろされた白魚のようなその指先を、リドリーが眼で追っているのを見落とした。
「何すんの」
リドリーが、すっとミランダの手を取って口付けたのだ。沈黙の理由となった華奢な指先に。
「だあーっ殺す!」
飛び退こうとする小柄な婚約者をしっかり片腕の中に抱き込む、リドリー王子。それから、もう片方の手にした大槍で風を起こして舞い上がる。
「両陛下に言いつけてやる!」
「ジョリーテイルで散歩しよう」
「反省しろっ殺してやるっ」
「あっこら、暴れんな」
公爵邸の庭だった広大な荒れ地の上空で、リドリー王子はミランダの可愛らしい口にチュッとした。
一瞬キッと睨んだ金髪ドリルのミランダだったが、すぐに銀髪天然パーマ王子の胸に体を預けてモゴモゴ言った。
「ドレス弁償してよ」
乾いたとはいえ、水没した高級生地はゴワゴワだ。フリルやリボンもクタクタである。
「うん。似合ってたのにごめんね」
「リドリーが選んでくれる?」
「いいよ。一緒にお母様に相談しよ?」
「そうね」
機嫌を直した可愛い婚約者の笑顔に、暴虐王子は荒々しく口付けた。
「こんの!クソ王子!殺す!」
「ええー?なんでぇ~」
お子様暴虐リドリーに、乙女のロマンスが解る日は遠い。
お読み下さりありがとうございました
なお、このお話は、鶯埜 餡さんの「殺し愛・共闘し愛企画」参加作品です