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5.「おかえり」 と 「またな」


「あー、お邪魔します」

「おかまいなく、ってボクしかいないから、遠慮しなくていいよ」

「……マジかよ」


 隼人が少し緊張気味に挨拶すれば、返ってきたのはそんな、なんてことない風に言う春希の言葉だった。

 見た目は完全に清楚可憐な美少女である。

 かつてのガキ大将なままの反応をされると、色々と困ってしまう。


 そんなことを思っていると、春希が突然、「あ!」と何かに気付いた様な声を上げた。


「ちょおーっとそこで待ってて! いいから!」

「おい!」


 慌てた様子でスカートを翻しながら階段を駆け登ったと思えば、ドタバタガッシャン、騒がしい音が聞こえてくる。部屋でも片付けてるのだろう。


「……ったく、どうしろと」


 見知らぬ家の玄関に取り残され、思わずため息をついてしまう。

 それだけでなく、あまりの勢いで駆け登るものだから、スカートの奥の色気もへったくれもないボクサータイプのそれがチラリと見えてしまったというのもある。奇妙な罪悪感が隼人を苛む。


「おまたせ!」

「……へぇ」


 ややあって、息を切らせた春希に部屋に招き入れられる。大方クローゼットに無理矢理放り込んだだけなのだろうが、部屋は一見して整理されていた。

 黒やダークブラウンに統一された家具に、漫画の多い本棚にプラモデル。そして各種ゲーム機。如何にも成長したはるき(・・・)らしい部屋だった。

 机の上に申し訳程度に置かれた鏡とコスメ用品さえなければ、隼人の部屋とさほど大差はない。


「その辺適当で……よっと」

「おぅ。って、春希」

「うん? 隼人も遠慮せず脱いだら? 暑いでしょ、靴下」

「……そう、だけどさ」


 春希はクッションを投げ寄越したかと思えば、いきなり靴下を脱ぎ始めた。昔と違い、不意打ち気味に白く肉付きの良い女性らしさを感じさせられる素足が曝け出されれば、相手がはるき(・・・)だとわかっていても動揺してしまう。

 そしてドカッと勢いよくクッションに座ったかと思えば胡坐をかき、ぐいぐいとこちらに身を寄せられれば、どうしたって当時のはるき(・・・)と重なってしまう。色気もどこかへ霧散してしまい、くくっっと喉の奥に笑いが込み上げた。

 しかし、そんな隼人を見る春希は、咎めるような目をしている。


「で、誰が猿の妖怪だって?」

「いや、それは……」


 どうやら春希は、隼人の今朝の言葉を根に持っている様だった。

 本気というだけでなく、どちらかと言えば拗ねていると言ったほうが正しい。それは隼人も察する。

 だけどそのぷっくりとした唇を尖らせて、ジト目でにじり寄られれば、背筋に変な汗が流れてしまう。


「その、悪かったよ。悪かった。アレだ、"貸し"な。貸しにしといてくれ」

「ふーん、"貸し"ね。そっか、ならいいけど」


 隼人の返事に満足したのか、春希はその不機嫌そうな顔を引っ込める。そして"貸し"という言葉をかみしめるように呟いて、ニヤニヤしだす。


 "貸し"、それは2人にとってお互い特別な意味を持つ。

 この貸しは片方から与えられたことにするもので、"借り"になることは決してない。そして、相殺されることもなく、延々と積み重ねられていくものだった。


「"貸し"かぁ、懐かしいよね。隼人はこれでいったいボクにいくつの貸しがあるかな?」

「それはこっちの台詞だ。春希だって俺にいくつもの貸しがあるだろ」

「あは、違いない」

「……くくっ」

「……あはっ」


 2人顔を見合わせて笑いが零れる。

 そんな空気の中、隼人は気になっていたことを投げかけた。


「ていうか春希のそれ(・・)、反則だろう?」

「ボクの顔?」


 以前のガキ大将からは程遠い、春希の清楚可憐で大和撫子な姿である。

 残念ながら今は本性が表れ、堂々と素足を晒して胡坐という残念な姿だ。


「うーん、色々あってね。だからボクもこんな擬態(・・)をしてるってわけ」

「擬態、ねぇ。やっぱり妖か――」

「隼人ーっ!」

「はは、ごめんって。これも貸しで」

「……まったく、キミって人は」


 昔からこうした、ちょっとしたいさかいや不満、ケンカをいくつもしてきた。その度に貸しにして水に流してきた。それは思い出の積み重ねでもあった。

 またあの時の続きのように、互いの貸しが出来るのだと思うと、可笑しくもあり照れ臭くもある。

 隼人はそんな気持ちを悟られるのが何だか癪に感じ、何か話題が無いかと部屋を見回して、懐かしいものに目を留めた。


「それ、まだあったんだ」

「ソフトもあるよ。入ったままだと思う」

「懐かしいな」

「よし、久々に対戦しよう。負けたら貸し1ね」

「安い貸しだな」

「5本勝負で」

「オッケー」


 子供の頃によく遊んだ、2世代は古いハードのゲーム機である。キノコや亀に模したキャラの乗るカートゲームで、当時も随分熱中したものだった。

 そしてそれは、現在でも同じだった。


「え、ずるいずるい! 何でこのタイミングでそのアイテムを引くわけ?!」

「普段の俺の行いがいいからかな?」

「うそつけー、ボクを妖怪扱いしたくせに!」

「ははっ」


 久しぶりにあったというのに、ロクに会話もせずに肩先並べてゲームに興じる。口を開いても目の前のゲームに関する事ばかり。


 だけどそれで十分だった。

 互いに離れていた距離が埋まっていくような空気を感じていた。


 気付けば夏の日差しが傾きかけて、随分といい時間になっていることを知らせている。


「ん、そろそろ帰るわ」

「そっか」


 楽しい時間だった。それだけに終わりとなると、一抹の寂しさを感じてしまう。


 頭では理解している。

 かつて、いつまでも続くと思っていた時間があった。だけどそれは唐突に崩壊したのだ。

 春希はまるで駄々をこねる子供みたいな顔で、靴を履く隼人の背中を眺める。


 その視線は隼人も感じていた。その心境も十分理解出来た。自分も同じだからだ。

 だから、そんな不安を振り払うかのように努めて明るい声を出す。


「またな」

「……ぁ」


 それはいつもの(・・・・)別れの挨拶だった。

 そこに、全ての想いが込められていた。それが分からない2人ではない。


 交わした約束通り、すぐ傍に帰って来てくれた。だから春希にとっての再会の挨拶は――


「うん、またね……それから、おかえり!」

「おかえり?」

「ボクにとってはおかえりなんだよ」

「はは、なんだよそれ」


 春希は、大輪の花咲くような笑顔を見せた。

 それは隼人が見た、今日一番の笑顔だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全部読み終えて読み返していると、こんな書き出して二人が再会したのだなと、改めて本作における主役の隼人と春希の出会いを確認することができました。本作の殆どが二人の出来事で綴られているのは、二…
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