40.また明日
春希がお泊りをした次の日の夜。いつも通り隼人の家で夕食を摂ってから、明かりの無い自宅へと帰宅した。
「ただいまーっと」
返事がないのは分かり切っているというのに、『ただいま』と言うのは欠かさない。それはどこか一種の儀式めいている。
案の定、春希の声が暗がりに吸い込まれていくだけで、昨日は無断外泊になるというのに、咎める者は誰もいない。
「……だよね」
そんなことを小さく呟く。
分かり切っていることだった。自嘲の笑いも出る。
春希は、この瞬間がいつも嫌いだった。
良い子で待っていようが、結局お前は独りなんだと確認する作業だからである。
だというのに、今日は何故か胸がざわついた。
先ほどまで居た、隼人の家でのことを思い出す。
今日は各委員などの手伝いで、隼人とは小一時間ほど遅れての訪問だった。
『おじゃまします』
1人で訪れるのは初めてだったので、若干緊張気味に声が震える。
『……遅かったな』
『あー、おかえりー』
返ってきたのはどこか不機嫌そうな隼人と、気怠そうにソファーで溶けている姫子の声。
決して大歓迎という態度ではない。
特に隼人は、今朝の春希の悪戯写真で揶揄ったこともあり、拗ねた様子だ。
だけどそれは、春希がこの場に居るのが当然だと思っているからこその態度である。それがわかるからこそ、春希は自分の口元が緩むのを自覚する。
『もぅ、ごめんって隼人。ボクも手伝うからさ、何すればいい? 今日は何? お肉?』
『生姜焼き、それ摩り下ろしてくれ。ったく、今朝は大変な目にあったぞ』
『え、なになに? 何か面白いことあったの?』
『んー、隼人がひめちゃんのこと大好きってことがバレた感じ?』
『うぇぇぇ』
『勘弁してくれ……』
『あはは』
最初こそはぶっきらぼうで不機嫌な隼人だったが、話しているうちにどうしてかしょうがないなという空気になっていき、笑いが広がっていく。
思えば、ケンカなんて昔から数えきれないほどやってきた。
仲直りも数えきれないほどしたものだ。
だから、いつだって一緒に居れば自然と笑顔になってしまうのだ。
(今日も楽しかったなぁ)
そんなことを思い出しながら、春希は目の前の真っ暗な廊下を見つめる。
どうしたって、先ほどの親友の家と比べてしまう。
「…………ただいま」
もう一度、小さく呟いた。
結果は変わらず、先ほどと同じく暗がりに声が吸い込まれていくのみ。
いつもと同じ事だった。だけど、どうしたって自分の中で生まれてしまった、妙な違和感を拭えない。
それだけでなく、春希の心の中に、寒々としたものが広がっていくのを感じてしまう。
「――――っ」
バカバカしい。こんなのただの勘違いか何かだ。
春希は自分にそう言い聞かせるようにして、玄関に鞄を置いてそのまま直接風呂場に向かう。
せっかく今朝からいい気分だったのだ。
こんなもやもやとした気分は洗い流してしまえと、熱めのシャワーを浴びる。
だけど、どうしても胸の中に出来た空洞じみたものは洗い流すどころか、ぽっかりとした感覚が助長されてしまう。
結局、この日のシャワーはいつもより長く浴び続けることとなった。
シャワーを終えた春希は、まだ湿り気を帯びた髪のまま、鞄を回収して自分の部屋へと戻る。
今朝、制服に着替えに来たままの状態で、ベッドには脱ぎ捨てたままのサマードレス。
それを目にすると、どうしてか昨日のことを思い出してしまい、きゅうっと胸が締め付けられてしまう。
同時に、この部屋に対して思う所があった。
(あれ、ボクの部屋ってこんなに広かったっけ……)
特に昨日までと変わらない6畳ほどの広さの部屋である。
だけど、どうしてかそんなことを思ってしまった。
それは春希が感じている違和感でもあった。
なんだか落ち着かない気分になってしまった春希は、いつものルーチンワークだというように、机の上に教科書を広げ、課題と予習復習をこなしていく。
本来、春希は勉強は特段好きだという訳でもない。
良い子の為にはしなければならないという強迫観念と、勉強を頭の中に詰め込んでいる間は余計なことを考えなくてもいいという思いから、自然とそうするようになっただけなのである。
だというのに今日に限っては、机に向かっていてもどこか落ち着かない。ならばと代わりにゲーム機を立ち上げたり、作りかけのプラモデルをだしてみるも、気乗りしない。
どうしてか心の中に虚しさとも渇望とも言える、言葉に出来そうにない何かが渦巻いており、春希はそんな自分に戸惑ってしまっていた。
~~~~♪
その時、春希のスマホが通知を告げた。
春希が登録している連絡先は驚くほど少なく、自ずと誰からかというのは限られる。
弾かれたようにスマホを手に取った春希は、素早くメッセージを確認する。
『明日の夕飯、なにかリクエストあるか?』
隼人からの言葉だった。
素っ気ない感じがするも、だけどそれは、明日も当然来るんだろうと信じて疑わない言葉でもあり、春希の顔がみるみるうちに笑顔へと変わっていく。そして、別れてそれほど時間が経っていないというのに、どうしても声を聞きたくなってしまっていた。
『うお、びっくりした!』
「あはは、話したほうが早いと思って。といっても、ボクは何でもいいんだけどね」
『む、それが一番困る。毎日考えるのは結構大変なんだ』
「んー、そっかぁ。最近暑いからさ、やっぱさっぱりしたものがいいかなー? あとお肉続いてるからお魚で!」
『魚でさっぱりしたものか。何があるかな――』
「そうだね――」
そんなことを切っ掛けに、お喋りへと興じていく。
夕飯の話題から始まり、今朝の悪戯のこと、学校のこと、お互い普段どう過ごしているかっていうこと――なんてことのない話だ。
だけどそんな話がとても楽しくて、胸が弾んでしまって、時間を忘れてのめり込んでいく。まるで、空白の7年を埋めているのかのようだった。
『っと、悪い。姫子が風呂あがったって言ってるから、俺も入らないと』
「あはは、今日も暑かったし、入らないと汗臭くなるよね」
『そうだな。じゃあまた明日、学校で。またな』
「うん、またね」
通話を切ったスマホの画面に現れているのは、通話時間を示す15分23秒という数字。
たった15分。だけど、春希の心の在り方を変えてしまう15分。
昔と違い、いつでも彼の声を聞いて話をすることが出来る。
そう思うと、それまであった春希の心にあった不安だとかぽっかりとした部分がいつの間にか消え去っているのに気付く。
(むぅ……)
なんだかそれらが隼人のせいだと思ってしまった春希は、笑顔を浮かべながら悔しそうに眉を顰める。
「また明日ね」
スマホに向かって小さく呟く。
それでも春希の顔には、笑顔が戻っていた。
おまけというか閑話回的な話でした。
これにて1章完全に終了です。次回から2章開始な感じです。
∧,,∧
(,,・∀・) <にゃーん
~(_u,uノ




















