378.大きな〝貸し〟だよな
映画の撮影場所である、西方の山中にある自然公園を目指す途中。隼人と春希はバイクのスマホホルダーに設置されたスマホから、茉莉と沙紀のライブを観ることになった。
開始時間までやけにそわそわしていた春希だったが、ライブが始まるや否や息を呑み瞠目する。たちまち2人が作り出す世界に引き込まれ、画面に釘付けになった。釘付けにされてしまった。
それは観客も同じだったのだろう。
ライブ開始直後、春希の姿がないことと見知らぬ顔の2人が飛び出した時、会場には動揺や不安、落胆といった空気が広がっていた。考えうる限り最悪の出だしだ。
しかし茉莉が唄い出し、沙紀が舞い始めると同時にそれらの空気は一気に霧散した。
茉莉の力強くも透き通るような歌声はただ上手いというだけじゃなく、歌詞に合わせて激励、羨望、高揚、郷愁といった様々な感情がありありと伝わってくる。またそれだけじゃなく、茉莉の歌うことが好き、楽しいといった気持ちも。
その歌はまるで茉莉という存在を、魂に直接訴えかけてくるかのようだった。
明らかにこれまでと歌のレベルが違う。
この土壇場で、茉莉は一皮も二皮も剥けたようだった。
そして茉莉の歌を一段上に引き上げている立役者が、沙紀だ。
茉莉の歌をものの見事に体現しており、その舞いは変幻自在、千紫万紅。
また観客もすぐに、沙紀が先日球技大会の折に春希が上げた動画の幼馴染だと気付く。
正体がわかるや否や、目の前で繰り広げられる〝舞姫〟のパフォーマンスの実力の高さに、観客は顔に理解の色を灯し受け入れ、大喝采を上げる。
沙紀もまた、その舞いに楽しいという気持ちが存分に込められていた。
だから茉莉と沙紀の舞台は、見ているだけで楽しい気持ちにさせてくれるものだった。
あの場にいる誰もが同じ気持ちを共有している。スマホ越しでも、あの場に行って直接参加したいと思わせる舞台だ。
そしてもう一つ、茉莉と沙紀の歌と舞からは伝わってくるものがあった。
――春希にこれができる?
このステージは2人から春希の挑戦状でもあった。
それを裏付けるように、会場各所に設置されたモニターには過去の春希のライブ映像も流されている。
堂々と比べられる形だ。
だというのに、茉莉と沙紀は決して映像の春希にも決して見劣りしていない。
その後も茉莉がMCで春希がトラブルが来られないことを告げつつも、観客に『今日はハズレだ、残念だったな』『けど、それ以上のものを魅せてやる!』『今日からもう〝じゃない方〟なんて呼ばせないんだから!』と大口を叩いて観客と春希を煽る。
茉莉は自らさらにハードルを上げつつも、その後も悉く観客の期待を超えていった。
春希が居ないステージの賭けは、茉莉と沙紀の勝ちだ。
今なお熱狂の渦に包まれているライブを観ながら、春希は唇を尖らせながら呟く。
「なんかあの子にケンカ売られてるような気がする。ムカつく……っ」
「そりゃ、打倒春希のために仕込んできたものだからな」
「むぅ、実際すごいのは認めるよ。ライブもあの子と沙紀ちゃんに呑み込まれちゃってるし。ていうか沙紀ちゃん、せっかく目立たせないようにしたのに、どうすんのさ!」
春希が内心、頭を頭を抱えるように愚痴る。
沙紀がこうして表舞台に現れ、あれだけの才能を見せつけられたら、今後関係者が放っておくはずがない。
しかし隼人はあっけらかんと言う。
「そうだな、沙紀さんに大きな〝貸し〟ができちゃったな」
「貸しって……沙紀ちゃんほどの踊り、大事になるとわかってたのにどうして」
「そんなの、友達の窮地を救うために決まってるだろ。春希だってもし逆の立場だったら、同じことするだろ?」
「それはっ……そう、かもだけど……」
「ま、今後の身の振り方はおいおい考えればいいだろ」
なんてことない風に言う隼人に、徐々に毒気が抜かれていく。代わりに呆れにも似た声が漏れた。
「ったく、隼人はいつもそう! 気が付いたらいつもこういう時の中心にいるんだから」
「そうだっけ?」
「そうだよ。今日だって……っていうか、あの子といつの間に仲良くなったの?」
「……俺も春希のことで色々どうにかしようと思って、色々あったんだよ。仲良く見えるのは、どこかノリが春希と近いからかな。姪なんだろ?」
「え、あの子そのことも言ったの!?」
「まぁな、沙紀さんも知ってるぞ」
春希は驚きの声を上げ、諦観交じりのため息を吐く。
「そうだった。隼人はいつの間にか仲良くなって、その子の人生を狂わせるやつだった」
「おいおい、ひどい言い草だな」
やれやれと笑う隼人に、春希はジト目で答える。
「あの子、今まさにアイドル人生かけた大博打してたじゃない。沙紀ちゃんだってそう」
「む、仮にそうだとしても、結果としていい方向に出てるからいいじゃないか」
「うん、そうやって隼人に救われた人も多いよ。きっと海童やみなもちゃん、ボクだってそう」
「お、おぅ……」
春希が一転しんみりした声で褒めれば、隼人は照れくさそうに身動ぎする。
そして春希は隼人に掴まる手の力を甘えるように強め、硬い声で呟いた。
「ボクさ、去年末に隼人と一緒に北陸行った後、お母さんと会って話をしようとしたよ。けど、全然会えなかった。だから芸能界に入って共演でもして、力づくでも会いに行こうと思ったんだ」
「それはなんていうか、春希らしいな」
「芸能界に入ってから、お母さんの演技や表現がどれだけすごいのか肌で感じたよ。今のボクの実力で通用するかどうか不安だ。だというのに、役だって作りこめてないし、台本のセリフだってあやふや。そんな準備不足もあるし、今までロクに話せてなかったというのに、いきなりカメラの前に立ってちゃんと演じられるかどうか自信ない……」
「…………」
「…………」
自嘲気味に笑う春希。会話が途切れ、バイクの風を切る音だけが流れることしばし。
隼人はやけに明るい声で笑い飛ばした。
「なんだ、そんなことか」
「隼人、そんなことって!」
「春希はさ、今までロクに母親と関わってこなかったから、話し方がわからない。だから演技を通じて話し合う。やりたいことはシンプルな話じゃないか」
「だから、それがちゃんとできるかどうか心配で!」
「なぁ、茉莉と沙紀さんのライブを観て気付かないか?」
「え?」
「ほら2人はこのライブ、春希に向けて春希のためだけに演ってるだろ?」
「……ぁ」
その言葉を聞いて、何かがすとんと胸に落ちて目を見開く。
どうして茉莉が土壇場で急成長したのか、沙紀が騒がれるリスクを冒してまで表舞台に立ったのか。全ては春希のためだ。それ以外のなにものでもない。
そして隼人はやけに優し気な声で、諭すように言う。
「春希がやることは、ただ母親に本音をぶつけるだけだよ。演技なんてただの手段。ドンとぶつかってこいって」
「そんなっ! 今日だってボク、自分のわがままで色んな人を振り回してるのに!」
「なら、今さらだろ。茉莉も沙紀さんも、似たようなもんだし」
「~~~~、あーもぅ、隼人ってば軽く言ってくれちゃって!」
「ははっ!」
今回あれだけ多くの人に迷惑をかけたというのに、隼人はいつもと変わらずなんてことないふうに言う。まるで悪戯を思い付いた時の子供の頃と一緒だ。
だけど、春希の緊張がゆるんでいくのもわかる。画面の中の茉莉と沙紀も、自分を応援しているかのようにも見えてくるから不思議だ。
春希は敵わないなと、そんな想いを込めて礼を述べた。
「ありがと、隼人」
「おう」




















