371.春希の倒し方
「へぇ」
どういうことかいまいちピンときていない隼人。
一方沙紀は神妙な顔をして、おそるおそる訊ねる。
「そこってもしかして、よく大きなフェスとかイベントが行われてるところですか? そういえばティンクルのオフィシャルサイトでも、近々大きな告知をするってあったかも」
「うん、それ。今のおばさんの人気を考えると、当日はかなりの人数が来ると思う。ハーフアニバーサリーも兼ねてるし」
「すごいじゃないですか! なるほど、それは身構えちゃいますね」
「あと今までと違ってうちら単独でだから、何から何までおばさんと比べられちゃう、ってのもね……」
「それは……」「ふむ……」
少し怯えにも似た色を滲ませて苦笑する茉莉を見て、隼人はようやく彼女の焦りや懸念を理解する。先日のシャインスピリッツシティでのイベントのように、これまで茉莉たちティンクルは複数のアイドルグループが参加する中の1組。春希と比べられる相手はたくさんいた。
しかし単独ライブとなると、話は別。
観に来る人たちから、茉莉は純粋に春希との差を比べられる。
そして事実として、茉莉は未だ春希に及ばない。
負けるとわかっている戦いを挑むというもの。
「…………」「…………」「…………」
3つの沈黙が重なる。
何とも難しい問題だ。
皆で苦い顔を作っていると、茉莉がこの場の空気を変えようと明るい声を上げた。
「なんてね。気が重いのは確かだけど、あと2週間でおばさんを超えるのは現実的じゃないし。こういう盤外戦を仕掛けて地道に――」
「あの、茉莉さんって歌は春希さんに負けてませんよね?」
「――、どういうこと?」
いきなり話をしている途中に割って入ってきた沙紀に、茉莉は怪訝な顔を向ける。
沙紀は少しもどかしげに、自分の胸の中にあったものを言葉にしていく。
「えっと私、春希さん……や茉莉さんの振り付けを覚えようとしてた時、曲だけを流していて、その時に思ったんです。歌唱力はそこまで差がないなって」
「あぁ、確かに。歌だけに限って聞くとそうかも」
沙紀の言うことに一理あると思った隼人は、試しにスマホでティンクルの曲を流す。
何曲か聞いてみるも、やはり茉莉と春希の実力は拮抗している。
そして沙紀はある確信を込めて茉莉に問う。
「多分ですけど、茉莉さんって歌うの大好きですよね?」
「え、どうして……?」
おどろく茉莉に、沙紀はふにゃりと笑う。
「だって茉莉さんのパートになると顕著なんですけど、弾ける感じ? なんていうか楽しくて仕方がないって気持ちが滲んでるといいますか……そういうところ、春希さんとは違うなぁって」
「ふむ、そう言われると春希は人を楽しませようとしている感じだな。一方茉莉の歌は自分が楽しんでる、っていうのが伝わってくる」
おそらくそれは、茉莉と春希のスタンスの違いだろう。元々春希は、周囲から求められる自分を演じて応えてきた。今しているアイドルだって、与えられた役目をこなしているだけなのかもしれない。
一方、茉莉は周囲は気にせず、自分の好きを歌に込めている。隼人と沙紀がそこのところどうなのかという視線を向けると、茉莉は目を逸らして気恥ずかしそうに呟いた。
「ん、合ってる。昔から唄うのが好きでさ、元々アイドルより歌手を目指してたから」
それを聞いた沙紀は胸に手を当て目を瞑り、小さく息を吐く。
そして目を細め茉莉を見据え、本題を切り出した。
「歌で春希さんを倒しましょう」
「ど、どうやって!?」
茉莉の疑問も、もっともだ。
隼人も不思議そうな目を向けると、沙紀はピンと人差し指を立てながら説明する。
「PVとか見ていて思ったんですけど、茉莉さんかなり激しい動きをしていてちゃんと唄い切れてないように見えました」
「それは……」
「春希さんなら問題ないかもしれません。だけど茉莉さんには明らかに負担になっていて、実力を出し切れていない。それでも歌の実力は肩を並べている。だから無理のないというか、穏やかな振り付けにして歌で勝負するんです」
「……つまり、他で負けるのはしょうがないとして、歌だけは負けるなってこと?」
「有り体にいえばそうです。だって歌は、茉莉さんにとって譲れないものでしょう?」
「あはっ、そうだね!」
沙紀らしからぬ挑発に、歯を見せながら獰猛な笑みで答える茉莉。
そして2人はどちらからともなく握手する。
「私、動きは少ないけど華やかに見せられる振り付けとか提案できます」
「ん、お願い。私の方でも出来上がりがよかったらプロデューサーに提案して通すから」
「2人で春希さんを驚かせましょう!」
「打倒、おばさん!」
やる気を漲らせる茉莉と沙紀を見て、隼人もまた負けていられないなと闘志を燃やす。
そしてふいに沙紀が、気になっていたことを訊ねてきた。
「ところで茉莉さんは、どうして春希さんをおばさん呼びを? 聞いた感じだと、別に毛嫌いしているわけでもなさそうですし……」
「アッ」
ついうっかりしてましたという顔をになる茉莉。おずおずと、あちゃあっといった表情をしている隼人と顔を見合わせた後、理由を説明する。
「その、実は――」
「――えぇっ!?」
茉莉から告げられた春希との続柄に、沙紀は信じられないと大声を上げるのだった。




















