37.だから、春希は
昨晩から降り続いた雨は、明け方にはすっかりと上がっていた。
大気中のゴミをすっかりと洗い流した空は青く深く澄み渡り、夜明け間もないにもかかわらず自己主張の激しい太陽は、カーテン越しでも春希の目蓋を刺激した。
「ん……ぅ……アレ?」
目が覚めた春希は、目に飛び込んだ見慣れぬ風景に戸惑ってしまう。寝起きの頭は中々うまく働かない。しかし不思議と心は穏やかで、ゆっくりと周囲を見渡しているうちに意識もはっきりとしてくる。
「あー、そうだった。ボク、お泊りしてたんだっけ」
春希が泊まっていたのは隼人の部屋だった。
部屋主の隼人には別にソファーでも良いと言ったのだが、誘った本人の我儘だからと押し切られた形だ。
時計を見れば5時少し前。随分と早く目を覚ましたにもかかわらず、眠気はない。それだけぐっすりと眠ってしまっていたのだろう。
不思議な感覚だった。
いつもどこかで感じていた、心の中にあった澱みのようなものはどこにもなく、昨日の涙と共に洗い流されたのか、この空のように澄んでいて晴れやかな気持ちだった。
『――傍に寄り添うことくらいはできるから』
ふと、昨夜の隼人の言葉を思い出す。
布団や着ているシャツからは嗅ぎなれない匂いが漂っている。
春希には大き過ぎて、サマードレスと同じくらいの裾になっているシャツをぎゅっと握りしめる。
「……えへ」
そして自然と笑いが転び出た。
ワンピース状になっているシャツにくるまれていると、何か大きなものに抱きしめられているかのような安心感すらあって、どうやら浮かれているという自覚もある。
なんだかそれが嬉しいやら気恥ずかしいやらで、顔を枕に埋めながらみ゛ゃーみ゛ゃー鳴いて、ごろんごろんとしてしまう。
(守られる約束もあるんだね……)
そっと左手の小指を見つめる。絡めたときの感触を思い出す。
するとまたもやたちまち隼人の顔が脳裏に浮かんでしまい、落ち着かない気分になってしまう。
春希は自分がどうしてそうなってしまうのか分からず、どこかモヤモヤする気持ちを振り払うかのように頭を振った。
「っと、今日は月曜日だし、ゆっくりはしていられないかな」
当然ながら学校もある日だ。課題こそ事前に済ませているとはいえ、家に戻って制服に着替えなければならないし、溜まっている燃えるゴミも出さなきゃいけない。
なるべく平常心を保とうと、そんなことを考えながら足音を殺してリビングに向かう。
「……ん…………ぅ……」
「――――っ!」
そこには、かろうじてお腹の上にタオルケットが掛かっているだけの隼人の姿があった。眠りは深く、起きる気配はない。寝相はあまり良くなく、片足はソファーから床に投げ出されており、のんきそうな顔でくぅくぅと寝息を立てている。
春希はそんな隼人の顔を目の当たりにすると、胸の奥でくすぶっていたものが一気に燃え広がるように、突如胸が高鳴りはじめてしまう。
(なに、これ……)
春希は沸き立ってしまったこの、自分でもよくわからない感情に困惑してしまう。
思えばそれは、今だけのことではない。彼と再会したその日から感情を掻き乱されっぱなしなのだ。
転校初日、あの頃と随分変わった姿を見てどう思われるかと思ってみれば、昔と変わらぬ含み笑いを見せては猿の妖怪扱い。他の男子と違い、打算や下心なしに色々と差し伸べてくれる手。ドキドキさせてやろうと揶揄うも、締まらなかったり逆に返り討ちになってしまう始末。昨夜なんて、完全に自分の弱い所を曝け出してしまっていた。
その事を思い出せば、たちまち羞恥で顔が熱くなっていってしまうというのに、目の前の隼人は暢気な寝顔なのである。
(何かボクだけこんなでさ、ズルい……!)
隼人のおかげで心は軽くなった。助けられてしまった。
それはきっと親友だから、何があっても友達だからと交わした誓いがあったからだろう。
嬉しいと思う反面、自分ばかりがしてやられてばかりで、それが何だか悔しくも思う。
そんな幼稚じみた思いから、何か悪戯してやろうと寝ている隼人に近付く。
(さて、どうしてくれよう)
春希は意地の悪い顔を浮かべながら、まじまじと隼人を観察する。
ボサボサで伸びるに任せた硬そうな髪、意外と長いまつ毛、少し陽に焼けた肌に、よく見れば妹の姫子の面影があるも、それでいて春希にも異性を感じさせる端正な顔立ち。
(……あれ、もしかして隼人って結構カッコイイ?)
不意にそんなことを思ってしまった。今まで春希にとって隼人ははやとであり、考えもしなかった事である。
動揺と混乱からなのか胸は痛いほどに早鐘を打ち、どうしたわけか、カサカサで少しひび割れた隼人の唇が、何か美味しそうなものに思えたり、自分が潤いを与えたいだなんて思ってしまって、吸い寄せられるかのように自然と顔を近付けてしまう。
そんな時だった。
「んん……」
「――ッ!?」
隼人は何の前振りもなく寝返りを打った。突然の動きで接触しそうになった春希は、我に返りバ―ッと後ずさり自分の唇に手を当てる。
バクバクしたままの心臓を抱えながら隼人を見てみれば、今のことは何でもないような顔で、相変わらず悠々と寝息を立てていた。
(ボク、今なにを……)
それは完全に無意識だった。冗談でも友達にはしない行為だ。明らかに一線を越えたものである。
春希は自分の行動に驚きと動揺を隠せないと共に、頭の中は、この憎らしく涼しい顔をしている隼人のことでいっぱいになってしまっていた。
「――っ!」
このままじゃダメだ! してやられっぱなしだ!
何とかこの親友に一矢報いなければ不公平な感じがして、まともに顔が見られない気がして、そんな子供じみた対抗心を燃やしながら、隼人の部屋に戻ってクローゼットを開く。
「うわ、キッチリしてる……てことはきっとこの辺に……あ、あった」
とあるものを見つけた春希は、いそいそとそれに着替えてリビングに戻る。
時刻はまだ5時丁度。相変わらず隼人は眠ったまま。
春希はその眠りの深さを確かめるように声を掛けて頬をつつく。
「おーい、起きてますかー? 起きないと大変なことになるぞー? いいのかー?」
小声で何度か囁くも、「んんーっ」と間の抜けた声が返って来るだけである。
(昔から一度昼寝とかしちゃうと、何をしても、なかなか目を覚まさなかったっけ)
何をしても起きないな、と確信した春希は、大胆にも隼人の身体を動かしていく。
「これは仕返しなんだからね――んっ」
まるで自分に言い訳するかのように呟いて――そして、早朝の静かなリビングにカシャリとスマホの撮影音が響き渡った。
春希の口元には、悪戯っぽい笑みが広がっていた。
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にゃーん




















