369.確信犯じゃないですか
その日の夕方、隼人たちより1時間ほど遅くに帰宅した姫子は、リビングに顔を出すなり怪訝そうな声を上げた。
「ただいまー……って沙紀ちゃん、どうしたの?」
「……ふふ」
ダイニングテーブルに座る沙紀は姫子に答えることなく、虚ろな表情で淡々と餃子を作っている。ちょっと異様な光景だ。
姫子は眉を寄せながら、沙紀の正面で同じく餃子を作っている兄にこっそり訊ねた。
「おにぃ、一体何があったの?」
すると隼人は低い声で唸った後、少し言い辛そうに口を開く。
「えっと、今日中間テストの成績票が配られてさ」
「あー、沙紀ちゃん悪かったんだ?」
「うぐっ!」
姫子の直球の物言いに沙紀はぴしゃりと固まり、ぎぎぎと顔をこちらへ向けて情けない声を上げる。
「ちょ、ちょっと油断していたといいますか、思ったほどよくなかったというか……」
「ふぅん。で、何位だったの?」
「その、言うほどのものじゃないかな?」
「言うのも恥ずかしくなるくらい、よくなかったんだ?」
「はうっ!」
愉快げに揶揄う姫子の追撃に、涙目になる沙紀。
隼人は珍しい状況に苦笑しつつ、沙紀に助け舟を出す。
「そこまでにしてやれ、姫子。俺も詳しくは聞いてないが、別に再テストや補習を受けなきゃならないほど悪いってわけじゃないみたいだし」
「へぇ、ならそこまで気にしなくていいじゃん」
拍子抜けしたようにやれやれと肩を竦める姫子に、沙紀は焦りを滲ませた声で言う。
「だ、だって春希さんは当然のように1位、お兄さんだって28位っていうし」
「えっ、おにぃそんなに成績よかったっけ!?」
「まぁな、頑張ってみた」
ドヤ顔で言う隼人に、姫子は素直に感心した目を向けてくる。
少しむず痒くなった隼人は、姫子に聞き返す。
「ところで姫子はどうなんだ? そっちも中間終わって返ってきたころだろ?」
「んー、平均ど真ん中ってところ。やっぱり勉強厳しくて、ついてくので精一杯」
「でも姫子の学校で平均取れてりゃ、大学もかなり上位目指せるんじゃ?」
「まぁね。けど外部受験はせず、そのままエスカレーターで大学行くつもりだけど」
こともなげに言う妹に、隼人もまた純粋に感心する。かなり偏差値の高い学校で平均点を取れているというのは、どうやら受験はまぐれで受かったわけでもないらしい。努力のたまものだ。
そして姫子は「じゃ、着替えてくる」と言って、自分の部屋へ向かう。
それを合図に、隼人と沙紀は夕食の餃子作りを再開する。
しばらくせっせと餃子を作っていると、ふいに沙紀が訊ねてきた。
「そういや今日、噂で聞いたんですけど、お兄さん、春希さんの教室で何かやらかしたんですか?」
「やらかしたって。俺はただ普通に、春希にテストの結果とアイドルしながら勉強するコツを聞きに行っただけだよ。ほら帰り道も話したけど一輝のやつ、今回かなりマズくて」
「それをやらかしたって言うんですよ。今の春希さんって、一般生徒が話しかけていいって空気じゃないですから」
「あぁ、だからそれが気に入らなくて話しかけに行った」
隼人が悪戯に成功したような笑みを浮かべて答えると、沙紀は目をぱちくりさせた後、おかしそうに噴き出した。
「あはっ、確信犯じゃないですか」
「まぁな。なんか春希に遠慮しているのがおかしいって思って、それで。ちなみにどんな噂が流れてたんだ?」
すると沙紀は作業の手を止め、思案することしばし。
やがて敵わないな、と言いたげな羨望交じりの声で答える。
「春希さんが今まで学校で見せたことのない、最高の笑顔を見せていた、って感じです」
「……そっか」
他の人から見ても、春希がちゃんと笑えていたのなら、隼人がやったことは間違いじゃなかったのだろう。だからこそ、ドル研からの苦言を呈す接触もなかったのかもしれない。
そして沙紀は、しみじみといった感じで呟く。
「まったく、お兄さんはお兄さんですね」
「なんじゃそりゃ。春希にも同じこと言われたし」
「お兄さんは深く関わった人の世界をよく変えちゃうんですよ。今回みたいに」
「そんな大げさな……うん?」
その時、隼人のスマホが通知を告げた。
すぐさま取り出し確認すると、茉莉からのメッセージ。
『次の土曜日、15時集合ね! 場所は――』
どうやらこないだ言っていた、追加の写真を撮る予定についての連絡らしい。
いきなりだなと、隼人が眉を寄せていると、沙紀が気遣わし気にこちらを覗き込んでいることに気付く。同時に、ふいに天啓のようなひらめきに撃たれる。
隼人は直感に従い、その勢いのまま口を開いた。
「沙紀さん、今度の土曜日空いてる?」
「ふぇ?」




















