368.俺、決めたんだ
「隼人?」「隼人くん?」「隼人さん?」
伊織、一輝、みなもの虚を衝かれたような声が重なる。
彼らの反応ももっともだ。
今や春希は世間を騒がすトップアイドル。校内でもおいそれと近付くものじゃないというそんな空気が形成され、さらにはドル研の面々が目を光らせている。
とてもじゃないが、これまでのように話しかけられる空気じゃない。
それは隼人たちだけじゃなく、他の友人たちも同じ。クラスメイトの恵麻でさえ、周囲から抜け駆けするなといった圧が掛けられているという。
しかし思えばおかしな話だ。この状況がずっと気に入らなかった。それを受け入れ、見ているだけだった自分も。
だから隼人ははっきりと意志を籠め、そしてことなげに嘯く。
「春希、確か今日はもう来てるんだっけ。友達に会いに行って、ただ話をする。別に普通のことだろ? よし、行こうぜ一輝」
「は、隼人くんっ!?」
隼人はポンっと一輝の背中を叩き、廊下へと促し歩き出す。
あ然としていた伊織も少し遅れた後、愉快気な声を上げた。
「あははっ、その通りだな。それでこそ隼人だ。行こうぜ、三岳さんも」
「は、はいっ」
隼人たちは連れ立って、迷いなく一直線に春希の教室を目指す。春希の教室が近付くにつれ困惑と好奇、そしてまさかといった周囲の視線が突き刺さる。
中には制止しようとする姿勢になる人も見えた。しかし彼らは一輝の姿を見るなり、芸能人同士何かあるのかと思ったのか、行動を中止する。
隼人はそれらをくだらないなと彼らを一瞥し、春希の教室のドアを開けた。
外からの訪問客は珍しいのだろう。教室内から驚く目を向けられると共に、沈黙が訪れる。その様子がなんだかおかしくなる隼人。そしてぐるりと周囲を確認し、同じく驚いた様子で周囲に空白を作っている春希を見つけ、片手を上げながら傍に行った。
「よ、春希。中間どうだった?」
「え……あ、うん。1位」
「さすがだな、俺は今回かなり頑張って28位」
「へ、へぇ。確かいつも平均くらいだったから、かなり上がったね」
「まぁな。あ、俺だけじゃなく、伊織もかなり順位上げたんだ。もしかして伊佐美さん、赤点ばっかりの伊織のケツを引っ叩いたとか?」
いきなり話を振られ、少し離れたところにいた恵麻が、おずおずと答える。
「う、うん。一緒に同じ大学行きたい、って言って……」
すると隼人の隣に居た伊織が、少し照れくさそうに鼻の下を擦りながら恵麻に答える。
「恵麻にそう言われたら、オレも頑張らなきゃって思ってさ」
「で、でもでも、それでちゃんと結果出したいーちゃんはすごいよ」
「そりゃ、恵麻と一緒に居たいから……」
「いーちゃん……」
いつの間にか近くにやってきた恵麻と手を取り合い、2人の世界を展開する伊織。相変わらずの伊織と恵麻に、隼人だけじゃなく、春希や周囲も微笑ましそうに苦笑い。
そこへみなもが少し言い辛そうにしながら、視線を一輝に促しながら、少し困ったように春希へ言う。
「隼人さんや森さんはいいんですけど、一輝さんがその、今回かなり……でして」
「あ、あはは……」
ただただ引き攣った顔で乾いた笑いを零す一輝に、春希はにんまりと意地の悪い笑みを向ける。
「へぇ、そんなに悪かったんだ?」
「いや、えっと……」
「まぁまぁいいから教えてよ、ボクだけ仲間外れにしないでさ」
「その……」
たじろぐ一輝に、春希は愉快そうに詰め寄る。
隼人はみなもと顔を見合わせなんとも渋い顔を作った後、武士の情けとばかりに他の人に聞こえないよう、春希の耳元でこっそり囁いた。
「春希、実は――」
「――はっ!? いやいや、海童マジ!?」
春希は信じられないとばかりに目をこれでもかと大きく見開く。
一輝はどうすればいいのかと、縋るような目を向けてくる。
そんな一輝の代わりに、隼人が本題を切り出した。
「てわけでアイドルしながら成績をキープしている春希さんや、一輝に勉強の時間の使い方のコツ的なもの? 教えてやってくれませんかね。教え方はアレで役に立たないけど」
「僕からも頼むよ。再試験に落ちて補習まみれはその、仕事にも差し障るし」
一輝からも懇願された春希は、大きなため息を吐く。
「教え方が下手で悪かったね! はぁわかった、参考程度に聞いてね。えっと――」
そして春希はアイドル活動の合間にしている勉強法を語り出す。
移動、休憩、待ち時間。それらの長さや、教材を広げられるスペースがあるかで、それぞれどういう勉強が効率がいいか等々。
気付けば一輝だけじゃなく、他のクラスメイトたちも聞き入っていた。
それだけじゃなく、廊下からも耳をこちらに傾けている気配を感じる。
春希は入学以来、ずっと定期考査で1位をキープしているのだ。皆もその秘訣を知ろうと、興味を引くというもの。
実際、隼人も話を聞いていて、確かに理にかなっていると内心膝を叩く。
春希はひと通り喋り終わった後、皆からここ最近とは違う、純粋に勉強法を知りたいという視線を向けられていることに気付く。そのことを少し気恥ずかしく思ったのか、春希はお茶らけた様子で嘯いた。
「ま、こういう効率を求めるのって、ソシャゲで学んだのを応用しただけなんだけどね」
するとたちまち周囲からも笑いと共に「でも一理ある」「てか二階堂さんもゲームするんだ」「ばっか、文化祭の時のキャラが何か思い出せよ」といった声も上がる。
すっかり、これまでと同じ空気に戻っていた。
まるで春希に対してあった遠慮という壁が、取り払われたような感覚。
隼人はしてやったりと、会心の笑みを浮かべる。
その時、次の授業を告げる予鈴が鳴った。
集まっていた人たちも、三々五々と去っていく。
隼人もまた自分の教室に帰ろうとしたところ、ふいに袖を引かれた。
「っ、……春希?」
振り向くと、春希が自分でもどうしてそんなことをしたのか困惑する表情をしていた。
まじまじと見つめていると、春希はやがて照れくさそうに目を逸らしながら呟く。
「なんていうか、隼人は隼人だよね」
「うん? いきなりどういうこと?」
「そのまんまだよ。ほんといつも驚かされる。ていうか、どうして今日はその、ボクのとこ来たのさ」
「どうもなにも、友達のところへ駄弁りにくるのに理由なんてないだろって気付いて」
「隼人……」
にやって笑う隼人に、春希は瞳を潤ませる。
隼人は意外な春希の反応にどぎまぎして、返す言葉をどうすればいいのかわからなくもなるも、茉莉に教えられた言葉を今までと同じ笑顔を作って告げた。
「俺、やれることをやるって決めたんだ」




















