365.秘密の関係
「っ!」
そこでようやく隼人は、自分が随分情けないことを言っていることに気付く。
しかも相手は本人でなく同じユニットの相方の、プロフィールによれば妹よりもさらに年下の女の子だ。途端に羞恥が押し寄せ、顔が熱くなっていく。
茉莉はひとしきり笑った後、人差し指で涙を拭い、揶揄うように言う。
「助けてとか必死過ぎてウケる」
「悪かったな。あーその俺、余裕がなくて……自分でも今のはどうかと思うし」
「まぁでも、さっきのアンタみたいな感じだったんだろうなぁ」
「何が」
「私が」
そう言って茉莉は自嘲の笑みを浮かべ、足下に転がっていた瓦礫片を蹴とばす。
今度は隼人が態度を急変させた茉莉を訝しんでいると、茉莉は答えにくい質問を投げてきた。
「ね、私が世間に何て言われてるか知ってる?」
「それは……」
「ティンクルの〝じゃない〟方、金魚のフン、添え物、コネ案件、あぁ引き立て役はさっきの子たちも言ってたか」
「…………」
口籠る隼人をよそに、茉莉はネットなどでもよく言われている自分の評価を口走っていく。その顔は自虐に歪んでいた。
茉莉は何も言えず唇を堅く結ぶ隼人を一瞥した後、シャインスピリッツシティの方がある方を向いて手を伸ばす。
「おばさんとの差なんて、私が一番よくわかってる。散々、間近で見せつけられてきたんだから。しかもあの人、才能の上に胡坐かいてるだけじゃなく、日々の地味な練習も欠かさないし。おかげでデビューからどんどん上手くなっていっちゃって、ホントやんなっちゃう。化け物だよ、あれ。何なら今、本格的に演技のレッスンも始めてるしさ」
弱気な声で呟く茉莉。
しかしその眼差しはどこまでも真っ直ぐだ。
それがやけに隼人の心を震わせる。
思えば、北陸で初めて見た時からそうだった。彼女は仕事に関して、芸能関係者から逃げている途中の春希が手を差し伸べずにはいられなくなるほど、真摯に向き合っている。
隼人は目を眩しそうに細め、羨望交じりの声を確信を込めて上げた。
「けどキミは、その化け物を倒すことを諦めていない」
すると茉莉は瞠目し、隼人へ驚きの表情で向き直る。
「へぇ、どうしてそう思ったの?」
「どうしてって……」
「言っちゃなんだけどさ、周りの私の評価って概ね正しいと思ってる。実際、実力は頭1つ2つ離れてるし、その差は歴然。挑むのもおこがましいレベル。なのに、何故?」
「そりゃ、たまに春希に肉薄する時があるから。ほら、これとか」
隼人はスマホを取り出し、先ほどのイベントで撮った写真をみせた。サビのあるところの春希と茉莉が見せたワンシーンのものだ。それを見て、茉莉が息を呑む。
「っ、これは……」
「ここ息ピッタリで完璧に決まっててさ、勝手に手が動いたというか、思わずその瞬間を切り取らずにいられなかったというか」
「確かにこの時、私も手応えあったけど……」
「春希もさ、この時が今日一番の顔してた。他にも、北陸の時のやつとかもそうだ」
「……ゎ」
そして隼人が続けて北陸の撮影の時に撮ったものも茉莉に見せると、彼女は驚愕の顏で感嘆の声を上げ、スマホの画面に食い入るように見つめる。
隼人は苦笑しながら、自分の思ったことを話す。
「今はまだ実力差があるかもしれない。けれどこうしてみると、キミも春希と十分輝きが負けてないというか、決して届かないわけじゃないって思う」
「ふふ、そうだね。私もそのつもり。けど、焦りがないわけじゃない。だっからさっきのアンタの余裕のなさって、まんま傍から見た自分だなって思っちゃって」
「そっか」
茉莉はぐぐーっと大きく伸びをして、パシンと両頬を叩いて気合を入れる。するとこれまで陰鬱気味だった表情から一転、にぱっと生意気そうな笑みを浮かべた。何かを吹っ切れたようだった。
「よし、変に悩むのやめやめ! こうして見ると、私だってやればできんじゃんって感じ! いいもの見せてくれてあんがと。ってかアンタ、写真撮るのめっちゃ上手くない!?」
「そうなのか? 他の人にあまり見せたことないから、よくわからないけど」
「そうだよ! ぶっちゃけ北陸のはカメラマンが撮ったものより上手いと思うし!」
「は、はぁ……」
そのへんのところ自分にはよくわからないが、しかし茉莉からの望外の称賛にむず痒くも照れくさくなる。
すると茉莉がポンっと手を叩き、ある提案をしてきた。
「そうだ、今日のイベントの写真とか私の映りめっちゃいいし、私のタグとか付けてSNSとかで拡散してよ!」
「いや、俺SNSとかやってないから」
「マジかー、もったいねー。じゃあ私のアカウントで投稿するから、アドレス教えてよ。北陸のやつのも載せたいし、それも送って」
「え゛っ、それは……」
いきなりのアイドルからの連絡先を交換することに、隼人が気後れしてまごついてると、茉莉がジト目を向けてくる
「なに、やっぱり自分で上げたい感じ?」
「あー、そんな感じ?」
「ふぅん。それはそれとして、私のアドレスこれね」
「おい、ちょっ!」
しかし茉莉は強引だった。結局流されるまま、連絡先を交換することに。
隼人が妙なことに巻き込まれてしまったと渋い顔を作っていると、茉莉は新たに得た協力者に、真剣な表情で言う。
「これからもいいの撮れたらよろしく。なるべく私中心でよろ。てかさ、今度オフの時とか撮りに行こうよ」
「え、えぇ……」
なんとも現実味のない提案をしてくる茉莉に、気のない返事をする隼人。
すると茉莉は困ったような顔をして、お願いしてくる。
「結局、やれることをやるしかないんだ。手伝ってよ」
「やれることを、やる……」
「私もなりふり構ってられないからね。ホントおばさん、嫌になっちゃうくらい強敵なんだから」
やれることをやる。確かにその通りだ、地道に行くしかない。
隼人は真っ直ぐに行く道を定める茉莉に心を触発されつつ、憎まれ口を叩く。
「そうだな。って、春希のことを認めてるくせに、ずっとおばさん呼びなんだな」
「そりゃお母さんの妹、叔母さんだし」
「えっ!?」
「って、幼馴染って言ってたけど、知らなかったの!?」
茉莉からふいに告げられた彼女と春希の続柄に、隼人は間の抜けた大きな声を上げるのだった。




















