364.俺を、助けてくれ
自分でも妙なことを口走った自覚はあった。これはない。茉莉も胡散臭そうな顔をしている。隼人は必死に頭を回転させ、彼女に自分を認識させてもらうための言葉を探す。
「去年の暮、神社、北陸で……」
「っ!」
そこでようやく茉莉は隼人を目に捉えるとまじまじと見やり、瞳に理解の色を灯す。
次に騒めく周囲に視線を走らせ、「チッ」と舌打ちをする。
「こっちきて!」
「っと!」
そして茉莉は腕を掴む隼人を引っ張る形で、その場をすばやく後にする。
隼人はそのままつられるようにして、茉莉の後に続く。
やってきたのはビルとビルの合間にある、少し開けた空間。こんなところあるんだと、隼人は物珍しそうに周囲を見回す。
足を止めた茉莉は隼人の手を振り払い、くるりと向き直る。そしてぐいっと前のめりになり、真っすぐで射貫くような鋭い目つきで睨みつけながら問い詰めた。
「どういうつもり? あんた北陸の時、おばさんと一緒にいたカレシだっけ? それとも、もう別れて元カレ?」
「カレ……違うって、そんなんじゃない。ただの幼馴染だよ」
「ふぅん、幼馴染ねぇ。その幼馴染が私に何の用件?」
もっともな疑問だ。だが隼人としても、衝動的にやってしまったことでもある。
低い声でひとしきり唸り考え、迷いつつも素直に話すことにした。
「その、放っておけなかったんだ。あの時と同じだと思って」
「同じ?」
「子供の頃、初めて春希と出会った時と」
「……どういうこと?」
ますます訝しむ顔をする茉莉に、隼人は自嘲しつつ説明する。
「あの頃の春希はさ、田倉真央の望まれない子としてあちこちをたらい回しにされ、人間不信みたいになって暗い顔で膝を抱えてたんだ。だけど俺も小さかったから、何も知らなくて。田舎で初めて見かけた同世代のやつがいることが嬉しくて、春希のことなんて何も考えずにバカみたいに笑って遊びに連れ回したんだ。すごく楽しかった。かけがえのない友達になった。だからこっちに引っ越してきて、再会した時はすごく驚いたし、嬉しかった。その、実はずっと男子だと思ってたから、女の子だったことにはビックリしたけど」
「え、男子と思ってたって」
驚く茉莉に、隼人はかつての春希の姿を思い出しながら答える。
「当時の春希は髪だって短かったし、いつも短パンにTシャツ。そんで田舎の川や野山を一緒に駆け回って、いつも泥だらけで擦り傷だらけ。よく虫捕りとかで数を競い合ったよ。春希のやつ、ミヤマクワガタ大好きでさ。それで女子と思えって方が難しいだろ」
「あは、何それ」
隼人がやれやれと肩を竦めれば、茉莉もおかしそうに喉を鳴らす。
そして隼人はおどけた調子で、言葉を続ける。
「再会したばっかの時もひどかったよ。見た目にびっくりしたけど、中身は全然変わってなくてさ。ゲームで勝負すればすぐにムキになるし、服のセンスもダサくて壊滅的で。普段外で優等生みたいな女の子をしていることを、〝擬態〟だなんて言ってたし」
「擬態って、なにそれウケる」
「ははっ、だろ? だからそんな春希が今アイドルやってるの、未だ信じられないというか、夢を見てるようで現実感がなくてさ。本人、昔からヒーローとかのごっこ遊びとか好きだったし、その延長でやってんだろなーとか。でも応援したいっていう気持ちも確かにあるんだ。お母さんと向き合いたいってのも、尊重したいし」
しかし隼人はそこで自分の両手を見て、力なく呟いた。
「これまでさ、ずっと傍にいたんだ。何をするにも一緒の相棒だった。だけど急に目の前からいなくなったと思ったら、アイドルになってたちまち人気街道まっしぐら。1人でどんどん遠い場所に行っちまう。俺にはそんな歌とか躍りとかできないし、着いていきたくても着いていけねぇよ。隣には別の人がいるし、それがなおさら複雑というか、見てるだけの何もできない自分が悔しくて。くそっ、どうするりゃいいんだよ。誰か教えてくれ――」
一度零してしまった愚痴は止めどなく溢れていく。隼人はそこで言葉を区切り、茉莉を縋るような目で見つめ、いっそ懇願するようにずっと心の中に閉じ込めていた弱音を零した。
「俺を、助けてくれ」
それはどうしようもない閉塞感から、つい言ってしまった言葉だった。
焦燥した様子の隼人を、茉莉は目を大きく見開き瞳を揺らす。
静かでしんみりとした空気が流れる。
言ったところでどうにかなるものでもない。
でもつい、言わずにはいられなかった。
自分でも不思議だ。言われた茉莉としても困るだろう。
そう思い茉莉に向き直ると、彼女はふいにお腹を抱えて笑い出した。
「あはっ、あははははははははっ!」




















