362.アイドルイベント②
ステージ周辺の物販コーナーへ向かう。
様々な物販ブースが展開されており、各アイドルのロゴや写真がプリントされたTシャツ、トートバッグ、うちわ、タオル、缶バッヂ、ペンライト、楽曲ごとの衣装を着た膨大な数のアクリルキーホルダー等々、多岐に渡る。
どれも華やかで見ているだけでも楽しい気持ちになってくる一方、頭の冷静な部分では日常のどこで使うんだと自らに突っ込む。
当然、その中には春希のものもあった。よく知る幼馴染のグッズがこうして売られていることに、羞恥にも似たむず痒さが先に立つ。それを振り払うように小さく頭を振る。
見たところ、観覧優先エリアの整理券がもらえるグッズは早々に完売したようだった。
隼人は特に何かを買う予定はなかったが、せっかく来た記念ということで、春希の缶バッヂをひとつだけ購入した。姫子は春希のロゴが入ったタオルを、伊織は迷った末に何も買わず、恵麻は教室で話の種にと春希と茉莉の缶バッヂとうちわを買ったようだ。
買い物を済ますと、早めに場所を確保するために移動することに。
屋内にあるイベントステージということもあり、4階吹き抜けになっている。隼人たちは3階でステージを真正面から見下ろせる場所を確保した。
そこで「雰囲気に呑まれて買ってしまった」「お祭りみたいでなんかいいよな」「はるちゃん、本当にアイドルみたい」などと先ほどの物販のことの話しているうちに、ほどなくして開演の時間になった。
『今日は来てくれてありがとーっ!』
明るく、可愛らしい声がステージから響く。ステージに目を向ければ、司会と思しき可愛らしい女の子がマイク片手に大きく手を振っている。
同時に照明が切り替わり、音楽が流れ始めた。イベント始まりの挨拶のようだ。
周囲のお喋りが止み、皆がステージの方へと意識を傾け、隼人たちもそれに倣う。
かくして駆け出しアイドルイベントが始まった。
前口上もそこそこに、さっそくステージの裾から6人組の赤い同じ衣装に身を包んだ少女たちが飛び出し、スポットライトを浴びながら歌とパフォーマンスを披露し始め、それに合わせて周囲から控えめながらも拍手が起こる。
複数のアイドルユニットが登場するということもあり、1組あたりの持ち時間は少ない。2曲歌い終え、彼女たちは『あっぷるずをよろしく♪』という挨拶を終えると、すぐさま次のグループと入れ替わるべく退場していく。
その僅かな合間の時間に、はたと何かに気付いた様子の伊織が呟いた。
「あっぷるず……それでリンゴをモチーフにした衣装か」
「あ、確かに。手で作ってたポーズとかもリンゴっぽかったかも」
姫子はその言葉を受け得心し、ポンと手を叩く。
隼人と恵麻も感嘆の息を吐き、言葉を続ける。
「なるほど。誰かしら手首とか髪飾りとかに緑色のアイテムを身に付けてたけど、あれは葉っぱってことか」
「各個人の名前もリンゴの品種っぽかったかも!」
そんな話をしつつも、次のグループが出てくると声を潜め意識をステージに向ける。その後もいくつものアイドルグループがステージ上でパフォーマンスを披露し、それに合わせて周囲も盛り上がっていった。
隼人たちも彼女たちのパフォーマンスが終わるたびに「前衛的過ぎるけど、インパクトはある」「1人、歌唱力ずば抜けてない!?」「衣装際どすぎっ!」と囁き合う。
見た目も華やかで麗しい少女たちがリズムに合わせて歌い踊る様子は、百花繚乱。
また、新人ゆえの多少のぎこちなさも微笑ましい。
自然と応援したいという気持ちも湧く。少しだけ、推し活する人の心境を理解する。
観覧優先スペースを見ると、そこにいる人たちは、周囲と合わせてペンライトを振っていた。どうやらあそこはことさら熱心に応援する人たちの場所だったらしく、結果的に行かなくてよかったと胸を撫で下ろす。
彼女たちがこれから場数を踏み人気を獲得していくのか、はたまた消えていくのか、そこはファンの応援次第。なるほど、熱心に推すわけだ。この場には独特の熱気が渦巻いていた。
最初はよく知らないアイドルのイベントを、どこか一歩引いてみていた隼人も、いつの間にか見入るようにステージに声援を送っていた。姫子、それに伊織と恵麻も同じような様子ではしゃいでいる。
『ありがとうございました~。次はティンクルのお2人でーすっ!』
「えっ」「わっ」「ぬおっ!?」「きゃっ」
そんな中、司会が春希と茉莉の登場を告げるとこの場が一気に爆発した。耳をつんざくような大歓声が身体を叩き、声の洪水に晒され、思わず目を瞑り背を丸めてしまう。
春希は歓声の嵐の中、茉莉と共に愛嬌を振り撒きながらステージの上に姿を現す。
そして唄い出すと共にたちまち騒めきは掻き消え、春希の歌声がこの場の空気を、世界を変革させる。明らかに今まで行われていたものとレベルが違うものが展開された。
春希の歌やパフォーマンスが優れているのは、これまで見てきたので知っている。
だけど衣装に照明、音響エトセトラ、春希をアイドルとして輝かせることを計算しつくされた舞台は、今まで隼人が知るものとはまるで別物だった。
これまでステージ上で、様々なアイドルたちがパフォーマンスを披露してきている。
肌をびりびりと叩くほどの歓声。
胸に湧きたつ不思議な高揚。
皆と繋がるような一体感。
つい先ほど、それらを体験したばかりだ。
しかし春希と比べると、前座、余興、繋ぎ、そういった言葉が脳裏を過ぎる。
話に、勝負にならない。
格が違う。
違い過ぎる。
まるで添え物。隣の、茉莉さえも。
春希は彼女たちが披露してきたものを、悉く凌駕する。
ここからは、春希の独壇場だった。




















