361.アイドルイベント①
姫子に誘われた春希のイベントというのは、ゴールデンウィークにシャインスピリットシティ内にあるイベントスペースにて、複数の駆け出しアイドルたちと合同で行われるものらしい。そこに春希も出演するとのこと。
隼人は駆け出し、という言葉に思わず失笑してしまったものだ。
イベントが行われる場所自体は知っている。屋内にあるものなら、おそらく国内でも最大級の規模のところ。何度か訪れたこともあり、かつて愛梨と出会った時に、彼女がそこのイベントに出演していた記憶も懐かしい。
観覧自体は無料ということもあり、春希の人気を考えると当日混雑しそうなのは想像に難くない。だが、その日現地で物販されているものを買うと、ステージ前方にある優先観覧席への整理券が配られてるとのこと。まったくもって商魂たくましいことだ。
最初、姫子からこのイベントのことを聞いた時、隼人にはなんとなく春希がアイドルをしているという事実を認めたくないという思いがあった。実際、春希はアイドルをしている姿を見たくないという子供じみた抵抗感があり、これまでネット等で春希に関する記事を意図的に避けてきた自覚もあった。
しかし今の春希がしていることを、全く知らないというのも問題だろう。色々考えた末、姫子の提案に乗っかることにした。
イベント当日は、ゴールデンウィークのちょうど真ん中の日だった。
その日は夜中に雨が降ったようで、朝はひんやりと肌寒い。
だが空は不純物を洗い流したのか、透き通るような青。清々しい天気だ。
イベントの開演時間は午後2時から。
隼人と姫子はたっぷりと余裕をもって、昼前に現地に着くよう家を出た。少しでもいい場所を確保するためだ。
電車に揺られながら隼人の胸の中には少しばかりの憂鬱があり、それがため息となって現れる。すると姫子が苦笑しつつ、窘めるように言う。
「もう、おにぃってば。緊張してるの?」
妹に図星を差された隼人はぎくりとしつつも、バカ正直に答えるのもなんだか負けたような気がして、敢えて憎まれ口を叩く。
「そりゃあな。春希が途中でヘマしないかとか、心配になるだろ」
「はるちゃんなら大丈夫だって。これまで問題なくこなしてきてるしさ、それにちょっとしたアクシデントだって愛嬌に変えちゃう力もあるの、おにぃもわかってるでしょ?」
「あぁ。けど、それとこれとは話が別というかさ」
隼人がやれやれと肩を竦めつつも春希に対する愚痴を相棒に向けて、同じ立場にいるという体でどこか上から目線で零す。
しかし姫子はそれをさらりと受け流し、弱気を滲ませたように眉根を寄せ、縋るように隼人の服の裾を掴んだ。
「あたしは緊張してるよ。アイドルになったはるちゃんを見てさ、ずっと遠くに行っちゃったこととか、もう住む世界が違うってことを見せつけられるのが、堪らなく怖い」
「姫子……」
姫子が吐露した気持ちは、正しく隼人も抱えているものだった。
虚勢を張っている自分と違い、姫子は真っ直ぐな思いをぶつけてきている。
すると途端に強がっている自分が恥ずかしくもバカらしくもなり、同じことに怯える妹に自らの思いを共有した。
「うん、実は俺も本当はちょっと怖い……」
そして兄妹そろって、少し困ったような顔を見合わせた。
◇
目的の駅に着き電車を降りると、様々な広告が目に飛び込んでくる。
その中には当然、春希のものもあった。
アイドルとしてのものでなくお菓子や清涼飲料水、レジャー施設といった若者をターゲットにした広告にも起用されており、否応にもその人気の高さを見せつけられ、隼人と姫子はわずかに眉を顰める。
そしてすっかり慣れた人の波に乗って、シャインスピリッツシティ側の出口を潜ったその時、横から声を掛けられた。
「よっ、隼人に妹ちゃん」
「姫子ちゃん、久しぶりーっ!」
振り向くと伊織と恵麻のカップルの姿。
2人に気付いた隼人は片手を上げ、姫子はぺこりと頭を下げる。
「伊織に伊佐美さん、もう来てたのか」
「お待たせしました、恵麻さんに森さん」
「いやいや、オレらもついさっき来たばかりだし。な、恵麻?」
「時間通りだし気にしないで。それにもし待たされても、いーちゃんと一緒だしね?」
「おぅ、こういう一緒の時間だからこそ、話せることとかあるしな」
「もうちょっと遅くても良かったのになぁって思ったりも」
「恵麻……」
「いーちゃん……」
そして周りの目を気にせずイチャつきだし、2人の世界を作り出す伊織と恵麻を見た姫子は、あははと頬を引き攣らせながら戸惑うような目を向けてくる。
隼人は肩を竦めつつ、お腹いっぱいといった顔で答えた。
「最近あいつらクラスが別になってからずっと、いつもこんな感じ」
「へ、へぇ……」
一通りイチャつき終え、気を取り直した伊織が訊ねてくる。
「って、今日はこれで全員か。珍しい組み合わせだよな」
本日の春希のイベントの件は、すぐさまグルチャで皆と情報を共有し、誘いをかけた。
しかし一輝はモデルの仕事で忙しいらしく、みなもも父や祖父と旅行に出かけるとのこと。沙紀は先日の動画がバズってさほど期間が空いてないということで、もし周囲に感付かれたら余計な騒ぎを生むかもしれないことを危惧して、残念そうに辞退した。
そういうこともあり、結局都合がついたのが隼人と姫子の霧島兄妹、伊織と恵麻のカップルだけだった。
隼人は少し茶化すように伊織に言う。
「なんだか俺と姫子が、伊織たちの邪魔をしに来たようになっちまったみたいで悪いな」
「おいおい、水臭いこと言うなよ」
先ほどイチャついてた自覚があるのか、伊織はバツが悪そうな顔で頬を掻く。
そして恵麻も気恥ずかしそうにしつつも、姫子の手を取った。
「そうそう、私も姫子ちゃんに会いたかったんだよ~。通学の時間も噛み合わなくなっちゃって、最近顔見てないから気になっちゃってさ。確か高校はあの名門でしょ? どんなところ?」
「とにかく偏差値高いから、授業についていくのに必死って感じですかねぇ。あと施設がどれも真新しいものが多くて、かと思えば歴史的な古めかしい講堂とかあるのが。それから、お嬢様が多い」
「お嬢様……? 挨拶でごきげんよう、とか言ったりするの?」
「あはは、さすがにそれは。けど、やけに姿勢がよかったり仕草が上品で、お昼を一緒に食べたりするんですけど、お箸の使い方とかすっごく綺麗で。会話も聞いていると、バイオリンとかピアノを小さい頃から習ってるのがわかりますね~」
「へぇ、なんか大変な世界だ。話題とかも違ってそうで、苦労しそう」
「ん~、案外そうでもないですよ。田舎者で何も知らないって言えば、丁寧に色々教えてくれますし。バカにされたりとかもなくて。金持ち喧嘩せずって感じですね」
「はぁ、なるほどね~」
話が盛り上がる姫子と恵麻を横目に、伊織は微笑ましそうに目を細め、安心したような声色で呟く。
「妹ちゃん、元気そうだな」
「あぁ」
◇
その後、駅前のコーヒーチェーン店でやたら生クリームやらチョコレートやらキャラメル過多なドリンクと、スコーンやサンドイッチといった軽食で小腹を満たした後、現地へと移動した。
シャインスピリッツシティが近付くにつれ、どんどん周囲の人が増えていく。何度か催し物があるタイミングで訪れたことはあるが、ここまでの人の多さは初めてだ。
皆、目的は同じくアイドルイベントのようで、あちこちからそのことについての話題が聞こえてくる。
会場に着くと、開演前あと1時間半以上あるにもかかわらず、すでに多くの人でごった返していた。その光景を見た伊織が、半ば呆れ混じりの感嘆の声を零す。
「うひぃ、すごい人だかりだな。まだ開始前だっていうのに……うん? あれ、グッズが売ってるのか?」
隼人も伊織に同意のため息を吐き、答える。
「あぁ、グッズを買うと優先観覧エリア――ほら、ステージ目の前の特等席、あそこに陣取れるらしい」
「へぇ…………で、どうする?」
その問いかけに、隼人はむぅ、と唸る。今回の目的は、一度アイドルとして活躍している春希を、自分の目で確かめるというもの。
応援したいという気持ちはあるが、あくまでそれは幼馴染としてのもの。別に、ファンというわけじゃない。
きっとあの優先スペースにいると、周囲の熱量との差で浮いてしまうことだろう。
隼人は小さく頭を振りながら答えた。
「いや、そこまで熱心に観たいわけじゃないから。でもそうだな、気にはなる」
「ははっ、確かにオレも興味があるな」
するとすぐ傍で隼人と伊織の会話を聞いていた姫子が、控えめに手を上げた。
「あたしも、どういうものが売ってるのか見てみたいかも」
「私も~。教室での話の種に、買うかどうかは別として、見ておきたいな~」
皆の反応を見て、隼人はにやりと笑う。
「なら、決まりだな」
皆もまた、悪戯っぽい笑みを浮かべてこくりと頷いた。




















