360.姫子の誘い
その日の夜遅く。球技大会でくたくたになった隼人は自室のベッドにごろりと寝転び、「ふぅ」と大きな息を吐く。
今日は色々あって大変だった。
特に午後は応援合戦の余波もあって、誰もが大張り切り。それだけじゃなく春希も競技に参加して周囲に活躍ぶりを見せつければ、大いに盛り上がったものだ。
結果として、球技大会は大成功といえるだろう。裏方として頑張った甲斐があるというもの。やりとげたという充足感もある。
しかし、心の中に引っ掛かっているものがあった。
応援合戦でサプライズゲストとして登場した春希、それと一緒に躍った沙紀の件だ。
ちなみに白泉先輩がその時の動画を撮っていたらしく、そのデータを受け取った春希が他に先んじて『幼馴染と共演』という言葉を添えてSNSで投稿することになった。他の事務所を牽制する狙いだ。
既に目論見通り、SNSを中心に各所で今日のトレンド入りを果たしている。
確かに今日の春希と沙紀の歌と踊りは圧巻だった。2人のことをよく知っている隼人でさえ、予想の数段上のものを見せられ度肝を抜かれた。それほどのもの、世に出て騒がれないはずがない。
隼人はおもむろにスマホを手繰り寄せ、件のサプライズイベントで自分が撮った写真を呼び出す。そこに映る春希と沙紀は、これ以上なく楽しいを表現した顔をしている。
それは幼い頃、月野瀬で遊んだ時に見せていた、屈託のない笑顔そのものだ。見覚えがあるなんてものじゃない。
また春希だけでなく、沙紀も同じ笑みを見せている。
春希のその笑顔は、沙紀が引き出していたのを意味していて。
「…………っ」
ズキリと胸が痛む。
舞う、という言葉がしっくりくる沙紀の振り付けは、春希の歌との相乗効果もあって、思わずため息を吐いてしまうほど素晴らしかった。それだけじゃなく沙紀の舞と春希の歌は、あの場で互いに切磋琢磨しながら、明らかに洗練されていった。
2人がどんどん高みに上っていくような、遠くへ行ってしまうかのような感覚。去年末、春希と北陸へ逃げた時、茉莉と撮影した時のことを思い返す。あの時と同じだ。
言葉は交わさなかったが、春希と沙紀は多くのことを語り合っているように見えた。
きっと春希が言う母と向き合うということは、彼女と共演し、演技を通じて語り合うということなのだろう。
画面越しに見える沙紀は、今を時めく春希と並んでも、全く見劣りしない。
沙紀は、小さな頃から神楽を舞ってきた。その練習も欠かさなかった。一朝一夕で身に付くようなものじゃない。それがあってこそ、今春希の隣で輝いている。
翻って隼人には、春希のような才能や沙紀みたいに積み重ねてきたものがない。
春希は今、輝かしい檜舞台に立っている。
だけど隼人には、その春希の隣に立つ資格ともいうべきものがない。
春希本人は、皆に飽きられて戻ってくるつもりだと言っていた。
一方、春希はこうして皆の前で歌ったり演じたりすることも好きなのも確か。隼人がわからないはずがない。北陸でだって、春希は茉莉とのやり取りが楽しかったと言ってたではないか。
きっとアイドルだって、好きでやっているところがあるはず。天職なのだ。
そのことを裏付けるように、スマホの中の春希が笑顔で語っている。
好きならば、続けた方がいい。どうして隼人がそのことを止められようか。
むしろその背中を押すのが、相棒としての役目だろう。
隼人はもう、見ていることだけしかできない。
舞台に立つ相棒は、沙紀や茉莉の方が相応しいというのはわかってる。
自分にできることは、せいぜいスマホでその活躍を切り取るだけ。
ただの傍観者の1人。
そのことを痛感して顔を複雑に顰めていると、ふいに部屋のドアをノックされた。
「おにぃ、いる?」
姫子はこちらの返事を聞く前に部屋へと入ってくる。
「どうした、姫子?」
隼人は取り繕うようになんてことない顔をしつつ、身を起こして妹へ顔を向ける。
すると姫子は不躾に部屋へと入ってきた割りに、殊勝な態度で言い淀む。
隼人がどういうことかと訝しんでいると、少し遠慮がちに尋ねてきた。
「えっとさ、おにぃってゴールデンウィークの予定、空いてる?」
「バイト入れてるくらいだな。それがどうかしたか?」
「あたしさ、ここんとこ受験とかで忙しかったし、高校も最近慣れてきたというか……」
「うん? まぁそうだな?」
なんとも要領の得ない姫子に、ますます眉間の皺を増やして首を捻る。
やがて意を決した姫子が深呼吸をした後、少し硬い声である提案をしてきた。
「一度さ、はるちゃんが出演するイベント観に行ってみない?」
「…………え?」




















