358.競演
応援合戦最後の赤組によるカニとタコを模したパフォーマンスが終わると、プログラム上では昼休みだ。
競技に熱中した分、皆も空腹になったのだろう。空気が緩み始める中、白泉先輩はグラウンドへ躍り出てマイクを響かせた。
『おっと、お昼にはまだ少し早いぞーっ! さぁ、皆もお待ちかねのサプライズゲストの登場だーっ!』
白泉先輩が校舎側の入場ゲートへと手を伸ばすと、その先には春希がいた。
応援仕様のチア服を着ており、そんな物珍しい春希の姿を捉えた生徒たちの間から、すぐさま「「「ワァァ!」」」と大歓声が巻き起こる。
春希は皆に手を振りつつ愛嬌を振り撒きながら、グラウンドへの中央へと向かう。
歓声と共に、皆の期待がどんどん高まっていく。場はすっかり出来上がっている。
そんな中、春希とは反対方向の入場ゲートに控えていた沙紀たちもまた、春希の下へと飛び出した。
沙紀たちの登場は他の生徒たちだけでなく、春希にとっても驚きのようだった。
春希は所定の位置で足を止めた後、目を大きく見開き困惑した様子を見せるも一瞬のこと、すぐさま趣旨を理解して沙紀たちを受け入れるかのように、あるいは披露するかのように両手を広げ、この場の期待を煽る。まったく、大した役者だ。
沙紀がちらりと白泉先輩の方へと視線を向けると、彼女は悪戯が成功したかのような得意顔。まったくもって、あの先輩らしいと苦笑い。
そして軽快な音楽が流れ出す。入学式と同じ、春希のデビュー曲。
周囲からの興奮の視線をひしひしと感じる中、沙紀はいつも神楽を舞う時と同じように自らの心の内へと意識を傾けた。そして春希へ伝えるべきことを汲み上げ、四肢へと行き渡せる。
同時に世界から切り離されていくかのような感覚。周囲の騒めきや音楽は聞こえない。
『時の旅人~♪』
だけど春希の歌声だけは、はっきりと聞こえた。
沙紀はそれを合図に入学式の際、久しぶりに顔を合わせた時に言葉では伝えきれなかった自らの思いを舞いに乗せ、春希へと語り始めた。
春希がアイドルになったことへの驚愕、心配、憧憬。それらを神楽で使う鈴の代わりに、ポンポンを鳴らして伝えていく。すると心なしか、春希から聞こえる唄には返事のように、申し訳なさと照れくささの色が滲む。
そして歌がサビへかかり一番の盛り上がりを見せる中、沙紀は一番伝えたかった想いを舞いへと乗せた。
――私、春希さんに負けませんから!
ダンス、踊り、振り付け。その辺りの言葉はなんでもいい。
ただ、こと舞うことにかけては春希に比肩しうる――否、負けるはずがない。そんな想いと自負があった。
サビの開始と共に、沙紀は舞いのギアを数段一気に上げる。
鮮やかに、華やかに、時には激しく。
春希に見せつけるように、あるいは自らの矜持を伝えるかのように舞う。
『――――ッ、♪』
春希が一瞬、唄を詰まらせたのを沙紀にはわかった。
春希は今や色んなところでその才能を褒め称えられ、世間を騒がすトップアイドルだ。
だけど、ただそれだけ。芸能界のことなんてわからないし、想像もできない。
この舞うことに関しては、幼い頃から研鑽を積んできたこれだけは、春希の一歩上を行くのだ、と沙紀は彼女に挑む。
奇しくも春希の歌は新しいことをすることを鼓舞するもの。
今の沙紀はまさに、その歌を受けての挑戦だった。
そして沙紀の意図は、正しく春希へ伝わったのだろう。
春希も受けて立つと言わんばかりに、唄に熱が帯びていく。
内心、してやったりとほくそ笑む沙紀。さらに舞いを研ぎ澄ませて迎え撃つ。
まるで互いの持ちうる全てを出し尽くしての、真剣勝負さながら。
そして2人の想いも交わっていく。
だからこれは、舞と唄による沙紀と春希の会話でもあった。
今まで1人で舞っていた時には感じたことのない歓喜と高揚で心が弾み、思わず笑みを浮かべてしまう。
春希と競い合いながら、どこまでも楽しくなっていく。
いつまでも続けていたいが、やがて歌が終わる。
沙紀は少しの未練を感じながら意識を現実へと戻し、乱れた息を整えるように深呼吸。
そこでふと、周囲から音が消えていることに気付く。
誰もが呆然とした目をこちらへ向けている。
一体どうしたのだろうか?
後は退場するだけ。しかし周囲は時が止まったかのように動かない。
春希と対話することに夢中だった沙紀は、このサプライズイベントが失敗になったのかと不安になってしまう。沙紀が眉を寄せておろおろしていると、ふいに隣やってきた珍しく興奮気味の春希が他の人に聞こえないよう、小声で愉快気に囁いた。
「やってくれたね、沙紀ちゃん。今度はボクも最初から本気で行くよっ」
「え?」
『――――♪』
そして春希はいきなりアカペラで唄いだした。
知らない歌だ。今度出す新曲なのだろうか?
だけど、恋の歌というのはすぐにわかった。
それから、誰のことを唄っているのかということも。
また、彼女の挑発的な思いも伝わってくる。
――ついて来られる?
沙紀の身体は、春希の唄に対して反射的に動いた。どう舞うべきか、自然とわかる。
突然始まった延長戦に周囲を置いてけぼりにしたまま、沙紀は舞うことで返事をした。
――こちらこそ、もたもたしていると置いてっちゃいますよ?
年末年始、しばらく連続更新します




















