357.準備はいい?
球技大会の喧騒から少し離れたところにある、生徒会室。そこでは春希のサプライズイベントに参加する有志のメンバーたちの、更衣室兼控室として使われていた。
現在グラウンドの方から赤白青黄の応援パフォーマンスが行われ、盛り上がっている。
この場にいる人たちの出番はそのすぐ後、出演する皆が顔を強張らせて無言。
そんな中、チア衣装に着替えた沙紀は胸に手を当て目を瞑り、深呼吸。
「ふぅ…………よしっ」
月野瀬の神社で神楽舞をする時と同様、頭の中でダンスのイメージを組み立てていく。
大丈夫、完璧だ。その確証があった。意識だけじゃなく、身体も振り付けを覚えている。今回のアレンジしたものも、オリジナルも。何せ春希がデビューして以来、ずっと彼女のPVを見てきたのだ。
沙紀の胸の中に湧き起こる、密かな期待と高揚。
するとそこへ、身体をガチガチに硬くした恵麻が話しかけてきた。
「う~、緊張してきた。私、こういうの初めてでさぁ」
「大丈夫ですよ。伊佐美さんも皆さんも練習ではばっちりでしたし。ちょっとしたミス程度、誰も気にしませんって。それにメインはあくまで春希さん、周囲の意識はそっちに向かってるでしょうしね」
「いや、そうかもだけど……はぁ、沙紀ちゃんって案外肝が据わってるよね。今だって、随分落ち着いてるしさ」
恵麻が感心したように呟き、周囲へ視線を促す。
生徒会室内で出番を控えている他のメンバーたちは、そわそわと落ち着きがなかったり、恵麻のように緊張している者たちばかり。
そんな中で冷静な沙紀は、異質に見えるだろう。
沙紀は控えめに眉を寄せた。
「私、昔から皆の前で神楽を舞ってきましたから。ある意味こういうの、慣れてまして」
「あぁ、巫女さんだったよね」
「はい。それに1人じゃない分、失敗しても目立たないし、気楽なもんです」
沙紀がふにゃりと笑う。
するとそれを見た恵麻は、気が抜けるように息を吐く。
「はぁ、そうだね。確かに沙紀ちゃんの言う通りだ」
「それにせっかく、人気アイドルと一緒に躍れるんですよ? こういうのって、楽しんだもの勝ちです」
「ったく、沙紀ちゃんってば、もぅ!」
気を取り直した恵麻は、いつも通り快活な顔で二カッと笑う。
そしてすぐ傍で2人の会話を聞いていた他の人たちも、「村尾さんの言う通りかも」「本物のアイドルと共演とか、他にないし」「なんかここで楽しまなきゃ損な気がしてきた!」と気炎を上げ始める。
この調子なら皆、本番で最高のパフォーマンスを見せてくれるだろう。
恵麻だけでなく、他のメンバーも肩の力を抜き、やる気と決意を漲らせていく。
その様子を見て、沙紀もにこりと微笑む。
年明け春希がアイドルデビューをして目の前に姿を現さなくなって以来、沙紀にはずっと考えていることがあった。
果たして自分は、春希と釣り合いがとれるのだろうか?
あの日、去年末皆でクリスマス会をした帰り道。
春希は自分の想いを沙紀にだけ打ち明けてくれると共に、親友でライバルだと言ってくれた。対等の存在と認めてくれて、どれだけ嬉しかったことか。
しかし、現在はどうだろう?
片や田舎出身のただの女子高生、片や人気絶頂のアイドル。
沙紀には春希のように瞬く間に芸能界のトップへと駆け上がり、皆を魅了するような歌唱力に存在感、演技の才能なんてない。到底敵わない。本人たちがどう思おうか、客観的に見て差があることは明らか。
だけど、ただひとつ。
物心つく前から、淡々と練習してきた神楽舞。
それは沙紀が唯一、言葉以上に己の気持ちを訴えることができる表現方法。
かつて春希にも、敵わないと言わせしめたもの。
だから沙紀は白泉先輩から球技大会で春希のサプライズイベントがあると聞いた時、真っ先にその歌に合わせて舞い踊ることを思い付き、提案した。
舞うことに関してだけは、春希にだって決して負けやしない。何せ想い人である隼人にずっと前から、綺麗なだけじゃなくてカッコいいと言ってもらっているのだ。
人気アイドルへの幼稚な対抗意識といえば、それまでだろう。
だけど、沙紀にとって譲れないものであるのも確か。そして渾身の自分を春希へぶつけなければという、使命感にも似た思いに衝き動かされていた。
沙紀が気合を入れ鼻息を荒くしていると、白泉先輩がやってきて勢いよく扉を開け放つ。
「皆、準備はいいー? 二階堂さんの準備は出来てるよー、ってかチア衣装可愛いっ! 私も着たかった! ぐぬぬ、生徒会副会長の立場めーっ!」
ハイテンションの白泉先輩の声で、皆の胸の中にあった僅かな躊躇いが吹き飛ばされ、笑いと共に浮き立っていく。
その様子を見た沙紀はパンッと手を鳴らし注目を集め、垂れ目がちな瞳と眉を精いっぱい吊り上げ、威勢よく嘯いた。
「皆さん、春希さんの人気を奪いに行きましょうっ!」
「「「「おおーっ!」」」」




















