355.譲れないものができたんだ
すると一輝はビクリと肩を僅かに跳ねさせ、少し硬い声で呟く。
「そうか、隼人くんにはそう見えちゃうよね。急に、って話じゃないんだよ。実は去年のクリスマス前には、姉さんや逢地に相談してたんだ」
「え、マジかよ。春希がアイドルになる以前の話じゃねーか」
「まぁね」
そう言って肩を竦める一輝に、隼人は驚きの目を向ける。
一輝がそれだけ前からモデルになることを考えていたなんて、思いもよらなかった。つい先日まで、そんな素振りを見せていなかったし、春希同様これまで芸能界に特別興味を持っている様子なんてなかったから、余計に。またそれだけに、先日一輝が言っていた春希の情報を集めという台詞が、余計に後付けの建て前じみてくる。
一体何が、一輝をモデルになろうと決意させたのだろうか。
春希の場合、母と向き合うためという動機があるから、なぜアイドルになったのかは理解できる。だが、一輝はとんと見当もつかない。
だからその疑問が言葉となって、ふいに口から零れた。
「一輝って、そこまでモデルになりたかったっけ……?」
隼人の言葉を受けた一輝は小さく息を吐き、少し躊躇いがちに口を開く。
「……今の自分を変えたかったんだ」
「自分を変える……?」
「そういう意味では、別にモデルじゃなくてもよかったと思う」
「それって、高倉先輩や佐藤愛梨からの告白が関係してたりするのか? ……あーその、答えにくいことなら、言わなくてもいいけど」
唯一隼人が知る心当たりを訊ねると、一輝はバツの悪い顔で首を左右に振る。
「いや、柚朱先輩と愛梨は関係ないよ。でも、あの2人が芸能を通じて魅力的に変わっていったのを目の当たりにしたから、モデルの道を進むきっかけになったのはあるかも」
「ふぅん……けどなんだかんだ、モデルかなり本気で取り組んでるだろ?」
一輝は手を止め目を丸めて隼人を見つめ、少し照れくさそうに言う。
「まぁね。やるからには真剣にやらないと。……たとえ負け戦とわかっていてもね」
「おいおい、負け戦って」
一輝の言い草に、隼人は苦笑しながらツッコミを入れる。
すると一輝はスッと目を細め、やけに剣呑な声色で返す。
「実際プロの現場に出ると、周囲の人たちの凄さをまざまざと見せつけられるよ。姉さんの才能に、愛梨の勤勉さ……そして二階堂さんは――化け物だ」
「…………っ」
――化け物。あぁなるほど、言い得て妙だ。
ただ外から見ているだけの隼人にはない一輝の表現に、ごくりと喉を鳴らす。
春希が表舞台に出てからというもの、一気に世間の関心を一身に集めていくさまは、まさにその通り。現場にいる一輝は自分との差を、ひしひしと感じているのだろう。少し辟易した様子で呟く。
「まったく、自分の才能のなさを思い知らされてばかりだよ。僕なんてただのコネで飛び込めただけ。最初こそは姉さんという話題性で興味を引けるかもだけど、それで結果を残せなきゃさほど時間を置かず忘れ去られるだろうね」
「それは……」
「でもそれが現実だよ。厳しい世界だっていうのはわかってる。けどだからこそ、挑みがいがあるというものなんだけどね」
そう言って一輝はいっそ獰猛な笑みを浮かべ、隼人は息を呑む。
決して同業者に勝てると思っていない。
それでも挑むことは諦めない。
確実にボロボロになるだろう。無謀を承知での挑戦。
「一体何がそこまで……」
隼人はつい心配に思い、口から言葉が零れる。
それに対し一輝は今まで隼人が見たことのない、どこまでも真剣な表情を見せた。
「僕の中で、どうしても譲れないものができたんだ」
「――っ」
そう言い切る一輝はどうしてか春希に重なり――隼人はそれ以上何も言えなくなってしまった。




















