353.提案
「白泉、先輩……」
思いもよらない人物の登場に、隼人は目を大きく見開き息を呑む。伊織に恵麻、みなももどう反応していいかわからず、バツの悪い顔をしてそっと目を逸らす。そんな中、沙紀だけは今ひとつピンときていないのか目をぱちくりさせている。
白泉先輩はおちゃめで話しかけやすく、先日の入学式に際しては独断で春希と引き合わせてくれたりと恩のある人だが、それでも規律を取り締まる側の生徒会副会長なのだ。
現在、この秘密基地は空き教室を無断使用状態。今日たまたま見つけて使っていたと主張しようにも、クッションをはじめ私物が多い。別に校則違反といったものではないものの、グレーゾーンなのは確か。生徒会の人間としては、いい顔はしないだろう。
それにある意味、ここは春希とごく近しい人しか知らない聖域、おいそれと誰かに教えていいところではない。一輝もそれはわかっているはず。
だというのに何故、と隼人が咎めるように睨みつけるも、一輝からはにこりと悪戯っぽい笑みを返され、ますます眉間の皺が険しくなる。
当の白泉先輩はといえば鼻歌交じりの軽い足取りで秘密基地内へ侵入し、目を輝かせながらキョロキョロと周囲を見渡し、愉快気な声を上げた。
「へぇ、旧校舎にこんな場所があるなんて知らなかったなぁ。隠れ家とかアジトみたいでいいねー。っていうか青春してるって感じでキミたちうらやまーっ!」
「あーその、白泉先輩はここへ何を……」
「おっと、そんなに身構えないでよ。別にこの部屋のことで、どうこう言うつもりはないし」
「はぁ……」
隼人の視線に気付いた白泉先輩は、敵対するつもりはないとばかりに大仰に両手を軽く上げ、しかしにししと含み笑い。
一輝以外の面々が訝しむ中、白泉先輩はコホンと咳払いをひとつ。そして芝居がかったように両手を広げ、本題を切り出した。
「キミたち、球技大会の運営を手伝わないかい?」
「……どういうことです?」
いきなりのことに隼人は話の意図が読み取れず、胡乱な目で白泉先輩を見つめ返す。
すると恵麻がおそるおそる片手を上げ、白泉先輩に確認するように訊ねた。
「それって今月末に行われるやつのことですか」
「うん、その球技大会。新しいクラスに馴染むオリエンテーションとレクリエーションを兼ねたやつだね。こういう時、これまで手伝ってくれた人が人気者になっていなくなっちゃってさ、人手が足りなくて大変で」
白泉先輩はたははと笑い、ぺしりと自分のおでこを叩く。
なるほど、確かにこれまで春希は生徒会の仕事を色々と手伝ってきた。去年の文化祭でも白泉先輩と一緒に、東奔西走していたのをよく覚えている。
その春希がいなくなったので忙しいのだろう。しかし、なぜ自分たちなのだろうか?
生徒会副会長の白泉先輩は人望もあり、色んな伝手があるはず。隼人たちが首を傾げていると、白泉先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべ、聞き逃せないことを口にした。
「実は球技大会も、二階堂さんのサプライズイベントを計画してるんだ」
「えっ!?」
「もちろん、本人も承諾済み。だからさ、一枚噛まない? 手伝いの報酬は、入学式の時のように二階堂さんとゆっくり話せる時間と場所っ!」
「乗った! ぜひやらせてくださいっ!」
隼人は即座に身を乗り出し許諾する。
沙紀もすぐさま声を重ねるようにして後に続く。
「わ、私もやりますっ!」
「もちろん、オレやるぜ」「私も! やらない手はないわね」「が、頑張りますっ」
伊織、恵麻、みなもも当然といった顔で賛同の意を示す。
皆の反応を見た白泉先輩は満足そうに、鷹揚に頷く。
「うんうん、キミたちならそう言ってくれると思ったよーっ!」
オーッホッホッホと高笑いをする白泉先輩に、沙紀が少し緊張気味に提案する。
「あのぅ、それなら私、ちょっとやってみたいことがありまして……」
「ほぅほぅ、話を伺いましょう!」
そして早速、春希のサプライズイベントについて話し出す白泉先輩と沙紀。
やがてそこへ伊織に恵麻、みなもが「そういうことなら」「ん~、ならこれは?」「やはり歌が――」と言いながら話の輪の中へと入っていく。
隼人はその様子を見ながら、ホッと胸を撫で下ろす。
これなら春希と腰を落ち着けて話せる機会ができるはず。
最初こそ白泉先輩の登場に驚いたものの、こういうことなら大歓迎だ。渡りに舟といったところだろうか。
まったく、粋な先輩である。一輝もそれがわかっていて、彼女を連れてきたのだろう。
その一輝はといえば、皆から一歩離れていたところにいる隼人の傍にやってきて、少し申し訳なさそうな顔を作った。
「えっと隼人くん、いきなり副会長さん連れてきてごめんね?」
「いや驚いたけど、結果的にはいい方向に転がった。サンキュ、一輝」
「そう言ってくれると助かるよ。事前に確認すべきだったとは思ってる。けどつい一昨日、現場で二階堂さんを見かけてさ、ちょっと引っかかったことがあって……。」
「春希に?」
一体何なのだろうか?
一輝は難しい顔をしながら、少し言い辛そうに話す。
「本人は何でもないって言ってたけど、うーん……やけに鬼気迫るというか、どこか追いつめられているような気がしてね」
「……それ、仕事で何かトラブってるとか、嫌がらせを受けているとか?」
「ではなさそうかな、そっちのほうは順風満帆そのものだし。そういう込み入ったことは、隼人くんや村尾さんじゃないと無理だと思ってたところに、白泉先輩と会って、これはいいチャンスだと居ても立ってもいられなくなって、それで……」
「そっか。芸能界でも学校でも、春希のことを気にかけて手を回してくれて、悪ぃな」
「ははっ、悪いだなんてそんな。僕はただ、自分ができることをしたくてやってるだけだし。それに――」
「うん?」
一輝はそこで一度言葉を区切り、少しの躊躇いの後、はにかみながら続きを口にする。
「隼人くんも二階堂さんも、その……僕たち、友達だろ?」
その言葉を受け、隼人は目をぱちくりさせる。そしてふつふつと胸の中に湧くむず痒さを顔に出しながら、少し照れくさそうに返事をした。
「あぁ、そうだな」




















