350.まずいこと
「どうもこうもさっき彼に言った通りだよ。急に僕たちの前からいなくなった二階堂さんのことが気になってね。アイドルとモデルじゃ畑違いだけど、それでも同じ芸能界だから何かしら情報を掴みやすいと思って、それで。案の定、さっきみたいなことがあったし」
「それは確かにボクが悪――いやそうじゃなくて! 海童、あんたホントにモデルなんてするつもりなの!?」
「ほら、とりあえずエレベーターが来たし乗ろう」
「うぅ~」
一輝に促されつつ、エレベーターの中へ。
春希は1階のボタンを押す一輝を半眼で睨む。
わけがわからなかった。
一輝は特に芸能界に興味を示してはいなかったはず。
また一輝本人も、モデルになりたいという願望があるとは思えない。
それを裏付けるように、去年春希が田倉真央の娘と周囲にバレたいざこざがあって遊んでいた時に逢地羽衣の乱入があった際に、MOMOの弟というカードを切って彼女の気を引いて窮地を脱したのを覚えている。
あの時も、苦肉の策といった感じだった。
一輝にそんなカードを切らせたことに、心を痛めたもの。
そんな春希の訝しむ疑問の視線を受けた一輝は、肩を竦めながら答えた。
「まぁ突然のことでびっくりしたと思うよ。」
「何でモデルとか……MOMOや逢地さんのコネまで使って……」
「そりゃ二階堂さんが――友達が何をしているかわからなくて、心配になって動くことは、そんなおかしいことかな? 少なくとも、隼人くんが僕と同じ立場なら、絶対同じことをしたと思って、それでね」
「それは……っ」
「あと隼人くんが来たら二階堂さん、心中穏やかでいられないだろうし。だからこれは僕の役目かな――痛っ!?」
「うるさいっ!」
余計な一言を付け加える一輝の脛を、春希は仏頂面で蹴飛ばす。
一輝は涙目になって蹲って蹴られた箇所に手をやり、茉莉はいきなりの春希の行動に驚きオロオロしてしまう。
とはいえ、確かに一輝の言う通りだろう。隼人なら一輝のように手段があれば、すぐ近くにまでやってきたことが容易に想像できる。春希自身、エゴを優先して芸能界に飛び込んだ自覚があるから、ことさらに。
また一輝は隼人と交流するようになり、その影響も大きい。
しかし春希はまさかこうも大それたことをするとは思わず、呆れたようなむず痒いため息を吐くと、一輝も「あはは」と苦笑を零す。
だが、春希の中で何かが引っ掛かっていた。
それが何かわからず眉間に皺を寄せていると、エレベーターが1階への到着を告げる。
エントランスホールに出ると入り口に清司が車を停め、こちらに向けって手を振っているのが見えた。
「あのあの、それでは私はこれでっ」
「うん、また次の機会にね」
茉莉は一輝にぺこりと一礼し清司の車に向かって行き、一輝はひらりと手を振り返す。
春希も茉莉に続こうと一輝に片手を上げたその時、背中にやけに真剣な声を掛けられた。
「本当はね、モデルになったのは姫子ちゃんのためなんだ」
「……え?」
「まぁわかってると思うけど、僕自身モデルとか芸能界に興味はない。だけど姫子ちゃんは二階堂さんのこと、口には出さないけどすごく心配してたんだ。それこそ、隼人くんのように寂しがっててさ……それで少しでも安心できるよう、僕が直接見てきたことを伝えてあげようと思って。そんな単純な話さ」
そう言って照れくさそうにはにかむ一輝の言葉がストンと春希の胸に落ちた。
なんてことはない。ただ好きな女の子のためになりふり構わず、不器用かつ不格好で突っ走ってるだけ。
だけどその気持ちが今は痛いくらいほどわかってしまう春希は、一輝の方へ振り返り困った顔をして、揶揄うように言う。
「海童ってさ、ほんとバカだよね」
「僕もそう思う。だけど今は、こんなバカになれる自分が少しだけ好きになれたよ」
なんのてらいもなく答える一輝に春希は眩しそうに目を細め、「そっか」とだけ呟いた。
◇
次の現場へと向かう清司の車の中に、うっとりとした表情の茉莉の弾んだ声が響く。
「はぁ~、KAZUさんだっけ、めっちゃイケメンだった! ビジュがいいだけじゃなく、颯爽と助けるところやエスコートも完璧だし! 一体どんな子が好みなんだろ、叔母さんわかる!?」
「あー……妹系、かな?」
「むぅ、妹系……私長女だけど、叔母さんと一緒だと妹って感じでいけるかな!?」
「そうかもねー……でも海童は止めといたほうがいいよ。あいつ、ガチ恋してて振り向かせたい子がいるから」
「え゛っ」
ガビーンと固まる茉莉。
春希は困った顔で苦笑い。
(ひめちゃんのため、か……)
出会った頃の周囲に合わせるだけの一輝からは、到底考えられない行動力だ。
思い返せば沙紀だって、中学生なのに田舎から都会に飛び出してきたではないか。
思いもよらぬことを引き起こす恋の力の強さを、ひしひしと思い知らされながら窓の外を眺めていると、あることに気付く。
「あのこれ、もしかして事務所の方に向かってません? この後の仕事は……」
おっかなびっくり、気になったことを訊ねる春希。なんとも他人行儀になってしまうのは、この腹違いの兄と未だ距離感を掴めていないから。
すると清司は少しの沈黙の後、やけに緊張した硬い声で返事をする。
「あぁ、キャンセルだ。ちょっとまずいことになってね」
「まずいこと?」
これまで多少強引なことを頼んできただけに、身構えてしまう。
一体何があったのだろうか?
春希が眉を顰めていると、赤信号のタイミングで清司からタブレットを渡される。
そして画面に表示されていた資料画像を見て瞠目し、素っ頓狂な声を上げた。
「……え!?」
「見ての通りだ。田倉真央はその映画で引退する。春希くん、キミとの約束は覚えている。こちらとしても、母娘共演を逃す手はない。……どう動くべきか対策を考えよう」




















