表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/343

3.ないしょ、だからね!


 さすがに朝から人に囲まれ続けていると、気疲れしてしまっていた。


(教室だけで、祭りの時くらいしか見ないような数だもんなぁ)


 お昼一緒にどうだと誘われはしたものの、散策がてらに購買を探すと断りを入れて教室を抜け出した。


「……うっ」


 周囲より遅れ気味にたどり着いた購買は人波のピークを迎えており、教室とは比較にならない喧騒具合にたじろいでしまう。


(これからは弁当を用意したほうがいいな……)


 なんとか手にすることが出来たマーガリン付きコッペパンを見て、ため息を吐く。味気はなさそうだが育ち盛りにとって、ボリュームだけはあるのが幸いか。

 さすがにお昼くらいは人気のない所でゆっくりと食べたい――そう思った隼人は、校舎をさまよい歩きながらひとりになれそうな場所を探していた。


 しかし、そんな場所はなかなか見当たらない。

 校舎の裏手の方にまで回ってみるも、そこにも知らない女生徒がいた。


「ん、あれは……」


 立ち去ろうとしたものの、そこでひどく見慣れたものを発見した。それは都会では見かけないものであり、だからこそ興味を引く。

 それらの前でひょこひょこと動く、くせっ毛の小柄な女生徒は、隼人にあるもの(・・・・)を連想させる。


 だから、らしくないなと思いつつも吸い寄せられてしまった。


「うぅ、うまく実が生りません……肥料が悪いんでしょうか? それとも――」

「それ、ズッキーニ?」

「ぴゃああっ!!」

「驚かせてごめん。でもその黄色い花、ズッキーニだよね? 隣の紫の花が茄子で白い花がシシトウ……トウモロコシもあるな?」

「ふぇ?! は、はい、そうです合ってます!」


 そこは花壇だった。

 煉瓦で周囲を細長く囲っているが、どうしたわけか中央に向かってこんもりと土を盛って(うね)が作られており、野菜が植えられている。


 本来隼人は、初対面で女子に積極的に話しかけるような性格ではない。

 むしろどんな話をすればいいか分からず、二階堂のように話す必要性がなければ通り過ぎていたことだろう。

 だけどついつい、声を掛けてしまっていた。


「受粉してる? ズッキーニは雌花に花粉付けてあげないと大きくならないぞ」

「え……あっ!」

「茄子も余分な花は切り落としたり、シシトウもいくつか枝を払ったほうが、たくさん実を付けるよ」

「はぅぅ……」


 隼人の指摘を受けた女生徒は、慌ててスカートのポケットから手帳を取り出し、パラパラとめくる。そして視線を花壇と手帳に行ったり来たりさせると共に、顔を赤く染めていく。

 ちなみに隼人の知識は、田舎で畑を手伝ってるなら子供でも知ってる程度の知識である。別に自慢するほどのものではない。


「く、詳しいんですね」

「田舎でよく畑仕事を手伝っていたから……これ、園芸部か何か?」

「は、はい、園芸部、です」

「園芸部なのに野菜?」

「その……やっぱりおかしい、ですか?」

「いや、いいんじゃないか? トマトだって元は観賞用だったっていうし、俺も野菜の花は好きだよ」

「……っ!」


 実際、隼人にとっては花屋で見かけるような花よりも、収穫の時期を告げる野菜の花の方が馴染みが深くて好きだった。


(畑の手伝いしたらバイト代として小遣いもらえたしな)


 そんなことを思いながら笑って答えれば、その返事が女生徒にとって意外だったのか、目をパチクリとさせて慌てふためく。

 その様子はどこか小動物じみており、ますます隼人にあるもの(・・・・)を連想させて頬を緩ませる。


「……何してるんですか?」


 鈴を振るような声が、背中から聞こえた。

 しかしその声色は、若干の呆れの色を含んでいた。


「あっ、……二階堂、さん」

「三岳さん、部活棟の方に申請していた肥料が届きましたよ」

「え、あ、はい! 今行きます、ありがとうございます、二階堂さん!」


 話しかけてきたのは隣の席の美少女――二階堂だった。

 園芸部の女生徒は、二階堂の話を聞くや否や弾けるようにこの場を飛び出していく。

 そして2人して彼女を見送ったあと、二階堂は腰に手を当てジト目で睨みつけ、ぐぐいと顔を近付けてくる。


「ふぅん、転校初日からナンパかい? まったく、ああいう子が好みなのかな、霧島(・・)くんは!」

「い、いや、それはっ」


 その非常に端正な顔を近付けられると、ドキリとしてしまう。それだけじゃなく、妙な迫力もあって後ずさる。

 どこか被っていた猫をかなぐり捨てたような、彼女の馴れ馴れしい言葉と態度に、隼人の困惑に拍車をかけてしまう。


「ナンパじゃなくてその、似てたんだ……」

「似てた? 一体誰に?」

「……源じいさんとこの羊」

「あぁ、雑草食べてもらう為に飼い始めたけど、野菜の苗ばかりに興味もって怒られてた、あの羊たち」

「そうそう、あのくりってしたくせ毛とか、野菜の前でうろちょろしているところを見ているとつい……って――」

「ぷっ……くっ……あは、あははははははははっ!!」


 かと思えば、堰を切ったかのように笑い出す。

 そしてバンバンと隼人の背中を叩きつける。


「まったく、源さんの羊に似てたから声を掛けるだなんて、ひどい奴だな、はやと(・・・)

「いててっ、ちょっとは加減してくれよ、はる……き……?」


 何故か、そんな言葉が飛び出してしまった。語尾の方は完全に疑問形だ。

 どうしてそんなことを口走ったのかはわからない。


 まじまじと彼女を見つめてしまう。


「あ、二階堂さんこんなところに! ちょっといいですか?!」

「はい、なんでしょうか?」

「ちょっ、おい!」


 しかし突如声を掛けられた彼女は、再び猫を被りなおす。


「しーっ!」


 そして去り際にこちらに振り向き、内緒とばかりに唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく微笑んだ。


「……なんなんだよ、一体」


 様々な情報が一気に脳裏を駆け抜け、隼人の胸の内は荒れに荒れるのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おお! 早くもここでネタバラシですか! ドキドキしますね!
[良い点] なんと、既に3話公開。 やはり、序盤はこんな感じですね。 それにしても・・・ 中々、唆られる展開です。 割りと見かける話しですが、何か新鮮さを感じます。 趣味が活きてますしね(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ