3.ないしょ、だからね!
さすがに朝から人に囲まれ続けていると、気疲れしてしまっていた。
(教室だけで、祭りの時くらいしか見ないような数だもんなぁ)
お昼一緒にどうだと誘われはしたものの、散策がてらに購買を探すと断りを入れて教室を抜け出した。
「……うっ」
周囲より遅れ気味にたどり着いた購買は人波のピークを迎えており、教室とは比較にならない喧騒具合にたじろいでしまう。
(これからは弁当を用意したほうがいいな……)
なんとか手にすることが出来たマーガリン付きコッペパンを見て、ため息を吐く。味気はなさそうだが育ち盛りにとって、ボリュームだけはあるのが幸いか。
さすがにお昼くらいは人気のない所でゆっくりと食べたい――そう思った隼人は、校舎をさまよい歩きながらひとりになれそうな場所を探していた。
しかし、そんな場所はなかなか見当たらない。
校舎の裏手の方にまで回ってみるも、そこにも知らない女生徒がいた。
「ん、あれは……」
立ち去ろうとしたものの、そこでひどく見慣れたものを発見した。それは都会では見かけないものであり、だからこそ興味を引く。
それらの前でひょこひょこと動く、くせっ毛の小柄な女生徒は、隼人にあるものを連想させる。
だから、らしくないなと思いつつも吸い寄せられてしまった。
「うぅ、うまく実が生りません……肥料が悪いんでしょうか? それとも――」
「それ、ズッキーニ?」
「ぴゃああっ!!」
「驚かせてごめん。でもその黄色い花、ズッキーニだよね? 隣の紫の花が茄子で白い花がシシトウ……トウモロコシもあるな?」
「ふぇ?! は、はい、そうです合ってます!」
そこは花壇だった。
煉瓦で周囲を細長く囲っているが、どうしたわけか中央に向かってこんもりと土を盛って畝が作られており、野菜が植えられている。
本来隼人は、初対面で女子に積極的に話しかけるような性格ではない。
むしろどんな話をすればいいか分からず、二階堂のように話す必要性がなければ通り過ぎていたことだろう。
だけどついつい、声を掛けてしまっていた。
「受粉してる? ズッキーニは雌花に花粉付けてあげないと大きくならないぞ」
「え……あっ!」
「茄子も余分な花は切り落としたり、シシトウもいくつか枝を払ったほうが、たくさん実を付けるよ」
「はぅぅ……」
隼人の指摘を受けた女生徒は、慌ててスカートのポケットから手帳を取り出し、パラパラとめくる。そして視線を花壇と手帳に行ったり来たりさせると共に、顔を赤く染めていく。
ちなみに隼人の知識は、田舎で畑を手伝ってるなら子供でも知ってる程度の知識である。別に自慢するほどのものではない。
「く、詳しいんですね」
「田舎でよく畑仕事を手伝っていたから……これ、園芸部か何か?」
「は、はい、園芸部、です」
「園芸部なのに野菜?」
「その……やっぱりおかしい、ですか?」
「いや、いいんじゃないか? トマトだって元は観賞用だったっていうし、俺も野菜の花は好きだよ」
「……っ!」
実際、隼人にとっては花屋で見かけるような花よりも、収穫の時期を告げる野菜の花の方が馴染みが深くて好きだった。
(畑の手伝いしたらバイト代として小遣いもらえたしな)
そんなことを思いながら笑って答えれば、その返事が女生徒にとって意外だったのか、目をパチクリとさせて慌てふためく。
その様子はどこか小動物じみており、ますます隼人にあるものを連想させて頬を緩ませる。
「……何してるんですか?」
鈴を振るような声が、背中から聞こえた。
しかしその声色は、若干の呆れの色を含んでいた。
「あっ、……二階堂、さん」
「三岳さん、部活棟の方に申請していた肥料が届きましたよ」
「え、あ、はい! 今行きます、ありがとうございます、二階堂さん!」
話しかけてきたのは隣の席の美少女――二階堂だった。
園芸部の女生徒は、二階堂の話を聞くや否や弾けるようにこの場を飛び出していく。
そして2人して彼女を見送ったあと、二階堂は腰に手を当てジト目で睨みつけ、ぐぐいと顔を近付けてくる。
「ふぅん、転校初日からナンパかい? まったく、ああいう子が好みなのかな、霧島くんは!」
「い、いや、それはっ」
その非常に端正な顔を近付けられると、ドキリとしてしまう。それだけじゃなく、妙な迫力もあって後ずさる。
どこか被っていた猫をかなぐり捨てたような、彼女の馴れ馴れしい言葉と態度に、隼人の困惑に拍車をかけてしまう。
「ナンパじゃなくてその、似てたんだ……」
「似てた? 一体誰に?」
「……源じいさんとこの羊」
「あぁ、雑草食べてもらう為に飼い始めたけど、野菜の苗ばかりに興味もって怒られてた、あの羊たち」
「そうそう、あのくりってしたくせ毛とか、野菜の前でうろちょろしているところを見ているとつい……って――」
「ぷっ……くっ……あは、あははははははははっ!!」
かと思えば、堰を切ったかのように笑い出す。
そしてバンバンと隼人の背中を叩きつける。
「まったく、源さんの羊に似てたから声を掛けるだなんて、ひどい奴だな、はやと」
「いててっ、ちょっとは加減してくれよ、はる……き……?」
何故か、そんな言葉が飛び出してしまった。語尾の方は完全に疑問形だ。
どうしてそんなことを口走ったのかはわからない。
まじまじと彼女を見つめてしまう。
「あ、二階堂さんこんなところに! ちょっといいですか?!」
「はい、なんでしょうか?」
「ちょっ、おい!」
しかし突如声を掛けられた彼女は、再び猫を被りなおす。
「しーっ!」
そして去り際にこちらに振り向き、内緒とばかりに唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく微笑んだ。
「……なんなんだよ、一体」
様々な情報が一気に脳裏を駆け抜け、隼人の胸の内は荒れに荒れるのだった。